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森の落ち葉の下に住んでいるササラダニ類の研究が専門の私は、仕事柄よく一人で森ヘ出掛ける。かれらが好んで住んでいそうな場所の落ち葉を、黙々と掻き集めては袋に入れ、リュックに詰め込んでいく。時々、ひんやりと冷たい大木の幹に頬ずりしたり、地面に腹這いになってアリたちと同じ目線で、小さなキノコを眺めたりする。
少し気が変になったのではないかと言われるかもしれないが、私は一人で森の中を歩いているときに、よく独りごとを言っている。実をいうと、妖精たちと話をしているのである。大抵、妖精は苔むした老樹の根元あたりに隠れていて、そっと顔を出して、瞬きもせずにこちらをじーっと窺っている。私が危害を加えないらしいということは、向こうでも分かっているらしいのだが、あんまり近づくと、すっと姿を消してしまう。
わたしが一番よく妖精にであうのは、冷温帯のブナの自然林の奥深くへ分け入ったときである。ときどき木の枝や実がポソッと微かな音を立てて落下する以外、なんの物音もしない。よーく耳を澄ますと、なにか「ざわめきのようなもの」が聞こえてくる。特に大木が倒れて樹冠に穴が空いて地面に陽がさしこんでいるような場所には、大勢の妖精たちが集まって、騒がしくお喋りをしている。
妖精が住んでいるのは自然林に限られる。深々と堆積した落ち葉の層から匂い立つ甘酸っぱい香り、倒木の上を一面に覆う縁の苔のしとね、キノコの行列、暗く湿った樹木のウロ、こういったものが妖精たちは大好きである。人手の入った二次林や人工林には絶対にいない。植物学を少し学んだ者でも、自然林と二次林の区別は難しいものであるが、私には容易に区別できる。妖精が住んでいるかどうかで判定できるからである。
私とて科学者のはしくれである。それがこんなことを書いてはいけないのかもしれない。しかし、科学ではわからないことがたくさんあることを、一番よく知っているのも科学者であろう。特に、森の中は不思議に満ち満ちている。少年の頃、森の中へ分け入っていくときに感じた、不安と期待に満ちたドキドキする気持ちを、私は今でも持ち続けている。
今の子供たちはどうであろうか。自然は大切なもの、守るべきものということは、大人たちから教わって、頭ではよく分かっている。そして、いざ自然の中には入ると、「採ってはいけません。ちぎってはいけません」という禁止事項を忠実に守り、腫れ物にさわるようにして、森を出ていく。もはや自然は友達ではなく、きちんと挨拶しなければいけないよそのオジサンなのである。森の不思議に心ときめくこともなく、妖精に出会うこともないだろう。
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