「21世紀の水環境」

国立環境研究所 環境研究基盤技術ラボラトリー長
農学博士 彼谷邦光さんにお会いして

 彼谷邦光さん=写真=は、湖沼に発生するアオコの化学と毒性研究及び生物有機化学の第一人者で、その成果は内外で幅広く知られている。近年、飲料水源としている湖沼で、アオコの発生が数多く報告されているが、有毒アオコがもたらす水環境についてお話しをうかがった。

 21世紀の水環境に関して、国連環境計画(UN EP)は確実に水不足がおきると悲観的な予測をしている。産業の更なる発展と急速な人口増加により、工業用水や飲料水の需要が高まる一方で、地球温暖化などの様々な環境変化が利用可能な水の減少をもたらすという。とりわけアジアでは産業の進展と人口増加が著しく、水不足は深刻になると考えられている。恐らく水不足は21世紀最大の問題になると国連環境計画は捉えている。

 人口増加による食糧の増産は、田畑に窒素やリンを含んだ化成肥料の大量投入をまねく恐れがある。田畑に撒かれた窒素やリンが、河川に流入して湖沼に貯まった場合、富栄養化状態が生じることが知られている。下水処理場で処理された水にも、多量の窒素やリンが含まれ、富栄養化の一因となっている。このように窒素やリンが蓄積されていくことを窒素ローディングと呼ぶ。

 日本では気温が上昇する初夏から秋にかけて、湖や池の水面に青い粉がふいたような状態が見られることがある。これはアオコ(青粉)と呼ばれ、藻類のうちの藍藻類が大量発生したものだ。アオコをつくる藍藻類(シアノバクテリアという)のうちもっとも知られる種属はミクロシステス属で、この仲間はミクロシスチンという肝臓毒性の物質をつくる。

 ミクロシスチンは発ガン促進作用を持ち、毒の強さはフグ毒に近いものだという。窒素ローディングにより富栄養化した湖沼では、よりアオコが発生しやすい環境がつくられる。アオコが発生すれば水質は悪化し、生活に欠かせない飲料水の取得はさらに困難になっていく。

水資源の確保
 水は人だけが飲むものではなく、動物にも欠かせないものだ。海外ではミクロシスチンによる家畜の大量死が多くの国々で報告されている。人の中毒事故も数多く発生している。96年にはブラジルの人工透析センターで人工透析器にミクロシスチンが混入、50人が死亡する事故が発生した。

 多くの中毒事故を背景に窒素やリンを飲料水源から除去する研究が進められ、ヨーロッパでは水酸化カルシウムを飲料水源に注入し、リン酸化カルシウムに化学変化させ除去する方法や、塩化第二鉄によってリン酸化鉄に変え除去する方法が進められている。これらの方法は理想的な飲料水源をつくるが、生物の生存を不可能にしてしまう。ところがアジアの湖沼は、水産資源の場でもあるため、魚の餌となる植物・動物プランクトンが生存する環境をつくる必要がある。

 飲料用に徹したヨーロッパ型の除去方法はアジアでは不可能だ。そこで彼谷さんのチームでは、昨年よりプロジェクトを発足させ、水生資源が絡むアジア型水質管理の研究を開始した。

 98年WHO(世界保健機構)は飲料水の水質基準値を改定し、初めてミクロシスチンに関する基準値をもりこんだ。各国政府は、この勧告に基づき独自の基準値を定めアオコ毒に取り組んでいる。日本政府も法律改定に向け準備を進めている。

 ミクロシスチンを正確に測定して、分析する方法については彼谷さんが提案し、その実用性が検討されている。「日本では被害が少ないことから対策が遅れてきた。しかし有毒アオコは相模湖、霞ヶ浦、琵琶湖などの飲料水源でも発生が確認されており、水資源に対する危機管理を早急に強化していく必要がある」と彼谷さんは言う。水道水への混入に関して、ミクロシスチンは通常、細胞内にあるので凝集剤で沈殿させることによって、かなりの毒素を取り除くことが可能だ。

 しかし、細胞外に出てしまった毒素は別の方法で除去しなければならない。通常の塩素処理の場合、処理する水のpHによって無毒化される場合とされない場合がある。そこでオゾン処理や活性炭ろ過などの徹底した浄水処理によって、有毒アオコは取り除かれている。このようにして水道水の安全性は保たれているが、アオコを発生させない総合的な水環境の保全と確保がまずは大切だろう。

価値観の転換
 ミクロシスチンは植物にも影響を及ぼす。ミクロシスチンを含んだ水を植物にかけると枯れることが報告されている。根から吸収されて植物内に濃縮されるという実験結果もある。食糧自給率の低い我が国は、野菜をはじめ多くの食糧を輸入しているが、輸出国の環境状態はチェックされているのだろうか。今日、社会は多くの国々と連携し成立している。

 日本国内に問題が存在しないから、他は適当という概念は通用しない。環境は微妙なバランスで保たれており、一ヶ所で問題が生じるとそれは連鎖していく。他国の豊かさは日本の豊かさに連動しているといえよう。求められるのは、地球規模での共存体制だ。

 琵琶湖は鮎の稚魚の国内最大級生産地として知られる。近年生産量の増大にともない、豊富な餌を求めて川鵜が住みつき大繁殖地に変貌した。生産量向上は望ましいことだが、川鵜の糞の増加によって琵琶湖の富栄養化が進み、アオコの発生が著しくなってきたという。

 安全性をないがしろにして、経済的利潤追求によって連鎖的に生じる環境破壊は、琵琶湖に限らずいたる所で見られる現象だ。しかしながら、このような問題を解決していくには、今までにない新しい価値観が求められはしないか。子孫が生きていく地球がどうあるべきか、といった問題を捉え直していく新しい価値観の創出が必要だろう。

◎参考・彼谷邦光著
『環境のなかの毒』(裳華房、一九九五年)
『脂肪酸と健康・生活・環境』(裳華房、一九九七年)
『有毒シアノバクテリア』(裳華房、二〇〇一年)


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