| 戦後の日本は焼け跡から出発しました。工場設備は徹底的に破壊され、天然資源もない国土からの再建だったのです。
国民は、社会の安定のためにも経済の再建が必須であると考え、池田首相の「所得倍増計画」に象徴されるように、必死に頑張ったのでした。そして日本的経営といわれる世界でもユニークな職場を生み出し、ついには世界第2位の経済大国にのし上がったのです。国民に飢えたるものはなく、それどころか飽食の時代・モノが溢れる時代を実現しました。今ではグルメが大きなブームとなり、肥満・糖尿病など、ゼイタク病といわれたものに、生活習慣病として警鐘が鳴らされている時代です。
私たちは、特に戦後の飢えた時代を知るものは、経済発展の恩恵を体で感じています。経済は今後も重要であることは間違いないのでしょう。しかし、これだけ豊かな経済にもかかわらず、あいかわらず経済が社会や人間にとって圧倒的に大きな関心事であり続けています。そこに、現代日本の病が生じてきているというのが私の思いなのです。
社会という器には、経済だけでなく政治や文化、それに人間の絆としての共同の働きが必要です。「あまりにも」経済に目を奪われ、社会にとっても人間にとっても重要なものが圧倒されてしまっているのではないでしょうか。仕事に没頭して家庭を顧みない会社人間―そのゆえに経済大国になったともいえるのですがー、定年後は粗大ごみ化してしまう人生は正常とはいえないと思います。
NPOは、企業や行政の足りないところを補完するだけではありません。NPOでしかできない、独自の価値(ミッション)を大切なものとして尊重し、社会や人間の間に絆をつくりだすのです。共に生きる「共」の世界を、行政や会社と独立してつくりだそうとするのです。それは、わが国において十分に育っていない領域であり、目指すべき市民社会への歩みであるということがいえます。
NPOは多様で独自の価値(ミッション)をもっています。それをかけがえのないものとして考えています。そこには、行政や企業にいかにいわれようと、譲れない自立の心があるのです。そして、ミッションを現実の社会で成果として達成し、人間の絆をつくりあげ、独自のコミュニティを形成していくのです。そのコミュニティは、古いムラのような共同体ではなく、村八分にされる心配のない、自立と連帯によって成り立つ新しい市民社会を担う単位なのです。
PTPLは、自然を大切にし、人と人・人と自然とのコミュニケーションを豊かにすることをミッションとしています。それは、緑の地球を次の世代に引き継ぎ、人間の本当の豊かさを見つめようとしています。この営みは、行政や企業では期待し得ない自主的な働きです。「あまりにも経済」の病を癒し、わが国に新しい市民社会を創りだす働きにつながっているということができるのです。一つ一つの働きは小さいようですが、その積み重ねがわが国の社会体質を変えていくことになります。営みに参加する一人一人の人生も変えていくことになります。これがホントウの「構造改革」なのではないでしょうか。まさにわが国ではNPOの出番がきているのです。
このような生き方を、最近刊の『NPOという生き方』(PHP新書、756円)に、多くの事例を紹介しつつわかりやすく書いてみました。ご覧くださればうれしいです。
コマーシャルが出てしまいました。筆をおくことにいたします。皆さまと組織のさらなる発展を願っています。
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