「布と自然」

田中 優子
(法政大学 社会学部 教授)

 私は江戸文学、江戸文化の研究をしているのだが、同じ時期の東アジア、東南アジアにも関心があって、よく旅にでかける。でかけると必ず布を買い込んでくる。江戸時代のもの作り、とくにものを作る時、使う時の自然との関係に心ひかれ、ミャンマーやラオスやベトナムの村にそれを発見するからだ。

 江戸時代の着物は、麻、絹、木綿などの素材のみならず、日本と海外の様々な植物染料によって作られている。その文様も、季節の植物や風景など、自然界と深いかかわりをもっている。さらに、江戸時代の生活の基本である紙や布は貴重なものだったので、使い捨てられることはなく、幾度も再生使用され、最後にぼろぼろになって焼かれても、その灰が畑の肥料になって自然界に戻って行った。ついでに言えば、江戸時代では人間の排泄物も「下肥(しもごえ)問屋」という問屋制度によって商品として扱われ、都市から畑へ戻って行った。江戸時代の商業活動と都市生活は、農業を中心にしたリサイクルシステムの上に成り立っていたのである。

 私はその「もの作り」と「使い方」の姿勢に、江戸時代の価値観の根本がある、と思っている。そこで、当時のアジアと日本の布の交易も含めた布の世界を描こうと、何年も前から少しずつ研究してる。講義や、江戸文化一般の講演、執筆のあいだを縫ってのことなので、遅々として進まない。しかしそのあいだにひとりの協力者を得て、この布の研究に、本格的な動植物の問題を入れようということになった。

 単に江戸時代の布のことを書くと、どうしてもファッションや交易や商業の動きになりがちである。しかし私が心ひかれるのは、当時の人間の、ものへの姿勢なのだ。それを表現するには、自然を扱う人間の歴史、という要素を著書の中に入れなくてはならない。そこで今年から、共著の準備を始めている。

 自然を人間世界の中に誘導することによって、日本の布や紙や木工や焼き物や建築物ができあがる。職人の技とは、その誘導の中にある。ねじふせ言うことをきかせるのではなく、自然を生かすのが職人の技だ。そのような技は、どうしても大量生産にはつながらない。その生産プロセスがまったく変わってしまうのが、産業革命であった。

 それ以降、ともかくマーケットを拡大することが人間の「発展」だ、と信じる人たちは、際限のない拡大のために、マーケットの一様化、つまり「グローバル・マーケット」の形成に必死になった。ペリーの来航も、日本をグローバル・マーケットに取り込むためだった。むろんそれ以前にすでに、南米やインドやフィリピンやインドネシアはその中に取り込まれている。そしてその動きは今でもやむことなく、こんどは中東をグローバル・マーケットに取り込み、都合のいいように世界を一元化しようとしている。アメリカによる石油マーケットの掌握も、その一環だろう。

 戦争は結果的にも最大の環境破壊だが、私は、戦争の原因となる価値観と、環境破壊に向かう価値観とは、同じものだと考えている。つまり市場の一元化と拡大を人間の豊かさだと思う、その考え方だ。環境にとっては危険な動植物の一様化も、その過程で現れる。職人に規格品を作らせる、ということもその過程で現れる。大量生産、大量廃棄も、その過程で現れる。そして、地球の汚染を承知していながら、京都議定書を無視し、さらに化石燃料を確保しようと戦争を起こす時代遅れのブッシュ帝国も、その一環として出現する。

 私の、「自然」を根底に据えた布の研究は、ブッシュ帝国よりはるかに昔を対象にしているが、そこから見るとなんだかひどく野蛮な時代がはじまったような気がしている。


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