「この国土を大切にしようではありませんか」

山折哲雄(京都造形芸術大学名誉大学院長・国際日本文化研究センター所長)

 三千メートル上空から日本列島を空撮したビデオを見て、私はびっくり仰天しました。そこではどこまでいっても、山また山の連なり、森また森の鬱蒼とした連なりしかみえなかったからです。

 私は子どものころから、日本列島は稲作農耕社会だと教えられてきました。いたるところに田園がひろがり広大な平野を望むことができました。しかし三千メートル上空から眺める日本列島は田園も平野も眼下に入ってはきませんでした。

 あらためて、日本という国は森林社会だったのだということがわかりました。山岳社会だったということに気づかされました。森林にたいする敬虔な気持、山岳にたいする厚い信仰に育まれてきた国だということを知らされたのです。

 もっとも、三千メートル上空からの空撮というのは高さのトリックだったのかもしれません。なぜなら飛行機の高度を千メートルほどのところに下げると、眼下に関東平野や田畑がみえてくるはずだからです。農業革命による発展のあとが姿をあらわしてくるからであります。

 さらに高度を500メートルに下げてみたら、どうでしょうか。おそらく海岸沿いに、石油コンビナートの人工構築物がつぎからつぎへと目に入ってくることでしょう。産業革命の華々しい成果のあとが白日の下にさらされることになると思います。高さのトリックといったゆえんであります。つまり空撮する飛行機の高さは、巧まずして、日本列島が森林社会から農業社会へ、そして産業社会へと発展していったあとを明々白々に映しだす鏡であったというわけです。

 日本列島はその七割以上の国が森林と山岳に覆われているといわれます。豊かな樹林の精にみちみちている国土といっていいでしょう。こんな国は外にはないのではないでしょうか。そしてそのことより以上に大切なことは、そのような森林や山岳にたいする敬虔な信仰や感覚が、われわれの深層意識のなかに今日もなお流れつづけているだろうということです。

 たしかにわれわれの意識の表層には近代的な自我が巣食っているかもしれません。そしてその意識のすぐ下には農業社会の観念の断片がまだ息づいているかもしれません。しかし、いちばん深層の底には縄文時代以来といってもいいような自然にたいする信仰が、いわば文化的遺伝子となって生きつづけているのではないでしょうか。そしてその文化的遺伝子は、われわれが生命の危機に陥ったようなとき、またこの日本列島に災害が襲ってきたようなとき、われわれの意識の表面にでてきて救いの手をさしのべてくれる生命の泉のような気がしてなりません。

 この国土を大切にしようではありませんか。


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