皆さんは、私たちが住む地球が人間活動の拡大によって、行き詰まり問題を抱えていることに気が付いているでしょうか。18世紀後半の産業革命以降、科学技術の進歩によって地球上の人口の増大は著しく、20世紀後半には人間活動によってもたらされた環境の変化は、驚く程のものになってしまいました。
<21世紀は環境の世紀といわれています。1970年代初頭の第1回国連人間環境会議やローマクラブレポート「成長の限界」はいずれも地球上の人口増大とそれがもたらす環境悪化に最初に警鐘を鳴らしました。考えてみると、人口が増大すると食糧が不足して自然環境や生活環境が劣化することを予測することはそれほど難しいことではありません。食糧は生物生産に依存しているので、生物を作り出せない人間は、そのライフスタイルを生物の営みの速度に合わせなければならないはずです。しかし、人間の行動は否です。ここに自然の循環系に委ねるエコロジーと人工の循環系に委ねるエコノミーの乖離が顕在化しました。
わが国では、「とりわけ天然資源に乏しく、明るい未来を切り拓いていくためには、独創的、先端的な科学技術を開発し、これによって新産業を創出することが不可欠である」として、科学技術基本法が制定されました(1995年)。この科学技術の発達で、私たちの生活は、ますます、自然やこころの豊かさから遠ざかりつつあります。
みどりの森林・樹木が注目されるのは、地球上の生物資源(バイオマス)の9割が存在する場であることと同時に、本来は多様な自然とヒトのこころの豊かさを醸成する場と考えられることにあるではないでしょうか。私の講義では、時としてたくさんの資料を準備します。「資料はたくさんあって嬉しいが、サイズを統一して貰わないとファイルするのに迷惑する」と学生にいわれて、「頭にファイルするのにサイズは無関係」と毒突いています。ヒト(脳)の発達には、自然という多様な森羅万象に触れるものに勝るものはありません。情報技術の進歩は、言語を用いるヴァーバルから、音声を媒介とするボーカルへ、そして、現在は目に訴えるビジュアルへと、まさに科学技術の進歩に合わせて様変わりしてきました。しかし、頭へのファイルということになると、「聴衆にはあたま2分のスピーチしか聞こえていない」と、元NHKアナウンサー氏に教えられました。
ヒトの発達には、地球(つちたま)上で生命活動を営む自然との触れ合いが不可欠です。そして、その営みは時間的にも空間的にも、現代の生活軸とはかけ離れています。21世紀のホモサピエンスは、まず、みどりの自然に息づき、”いのちの源(Source of Life)”にあそぶことが必要ではないでしょうか。
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