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インドのホームレスの現状
私インドの首都ニューデリーでは、10万人以上が歩道橋の下、人力車、プラットホーム、水道管の上、あるいは木の上などを寝床としている。彼らは、雨風をしのぐ家をもたず、常に警察官からの暴力や巻上げに怯え、何の医療援助も社会保険も受けられない。ホームレスの大多数は、路上で荷物運びや人力車引きなどの仕事をする出稼ぎ日雇い労働者だ。彼らの都市成長への貢献度は大きく、非常に安い賃金で労働を提供している。
子供、女性、年配者、身体障害者など弱い立場にある者たちが、麻薬の犠牲になっているのも事実である。男性ならば路上のどこを寝床としてもさほど問題とはならないが、女性や子供は常に暴力や性的虐待などにさらされている。女性の数は、男性の数に遠く及ばないが、彼女たちにとっては、衛生設備、宿泊施設を見つけることには大きな困難を伴う。それらの施設は女性のための設備ではないからである。
その他のデリー市、ムンバイ市、カルカッタ市と小都市の、街中、路上、裏通りで生活を続けるホームレスの数は、裕に200万人を超えるとされる。高架橋の下、地下道、大きな配水管の内部を住家とする人々や家族は珍しくない。道路脇で寝る人たちが不注意な車に轢かれることもしばしばである。地方の貧困層が、貧困から抜け出す機会を求めて大都市へ流入することによって、都市部での膨大な数の貧困層とホームレスという、新たな下級層を生みだしているのだ。
私が住むデリーでの比較的最近のボランティア・グループによる調査では、家を持たない人の数は10万人以上、またその内の約3割がストリート・チルドレンとされている。ある短期間での調査では、52765人のホームレスが確認されたが、これはあくまでデリーの路上に寝ている最小限の数でしかない。夜間働いている人もいれば、ボランティアが踏み入ることのできない隔離された場所を寝床としている人もたくさんおり、彼らはこの数には含まれていないのだ。付け加えるならば、この調査が収穫期に行われ、多くの者が家族を助けるためにそれぞれの村に帰省していたこともある。
都市部のホームレスに対しては、政府の支援により夜間の宿泊施設と衛生設備が供給されている。しかしこの支援策の対象は、都市部のホームレス200万人以上の10パーセントにも満たない。
ここでも、膨大な数の不法住居が建てられているが、それらが国家の権力によって勝手に撤去されることはない。不法住居の建設はしばしば危険を伴う。これらは、住宅地にはとても向いているとはいえない、洪水になりやすい地帯、急斜面などに作られることが多い。これらの安価な手づくりの家屋は、住宅法や区画規準を無視して建てられ、その地域には車が入れないことが多く緊急時の対応ができない。
医療援助チームは、ホームレスの健康上の問題を指摘し、アシュレイ・アドヒカー・アブヒヤン団体の指導のもとに対策を試みている。アブヒヤンは、ホームレスたちが人権を主張できるように指導して行動を起こさせている。すでに、ホームレスに対する特別医療、健康診断、薬品の提供など、健康面の問題について調整をはじめている。また、衣服、住居、入院、カウンセリング、警察からの保護などが必要なホームレスのための援助も行っている。
定住年数と 経済状態
デリーの150世帯のスラム居住者に対する調査結果では、定住の年数と経済状態のレベルは相関関係にあるとされているが、いずれにしろその貧困の度合いは大変ひどいものだ。この調査によって、彼らの主な職業は、?いわゆる小規模の物売りや行商、?運送サービス業(車、サイドカー、タクシー)、?サービス業(家政婦、整備士、配管士、靴修理、掃除夫)、?工場労働、?建設労働などその他の臨時労働、の5つに集約されることが明らかになった。デリーでの居住年数によって分類し、その世帯の主な職業を見比べてみると、いくつかの興味深い結果が得られた。まず、?小規模な物売りや行商と?工場労働という職は、デリーに長く住まなければ得られないという傾向が現れている。この150世帯の調査においては、60%近くの職業が、?サービス業に属し、残りの半分以上の22%が、運送サービス業の部類に入っている。移住した当初は?のサービス業の職に就いたものの、10年以上と長くデリーに暮らすうちに、一部は工場労働のための技術を身につけていくというわけである。
貧困の度合いは、移住してきたばかりの人たちの間で最も高く、12?13年住む人たちの間ではもっとも低くなっている。とはいっても、貧困が都市に住む年数にしたがって解消されていくというわけではない。貧困層の割合は、新しい移住者の場合57%と高く、6?9年目の者たちについては52%と減少するが、10?11年目の者になるとまた56%に増加し、その後12年以上の者になると46%へと急激な減少をみせるのである。しかしこの調査の対象の半数以上が12年以上の居住者であり、このような小規模な調査では、問題を統計できないということも確かである。いずれにしろ、10年以上デリーで暮らす人たちの間でさえも、依然、貧困の割合が大変高いということは、デリーの労働市場が流動的であることに問題があるといえる。最も高い割合(59%)で貧困が見られたのは、小規模な物売りか行商を職とする世帯だ。工場労働者の世帯でも54%で、彼らにおいては月給からの差し引き額が非常に大きく、組織化された工場においてさえ、かなり不当な給料形態があることを示している。貧困の度合いが最も低かったのは、タクシーや車の運転者を含む運送サービス業の分野で働く人達であったことも記しておきたい。
ホームレスになったきっかけと問題点
690人のホームレスが、インタビューに応じている。回答者の96・1%が男性、3・9%が女性であった。この調査によって明らかになったことは以下の通りである。
生まれ故郷を離れた理由として、回答者の58%は「働き口がないため」と回答している。また15%は、家族からの不当な扱い、遺産相続の争い、両親の死など家庭内の問題を理由としてあげた。また、11%は村落にはびこる貧困のため、残りの11%は、精神的な病、村落内での争い、また既に村を離れた人からの影響などを理由としている。
回答者の41%が直面している最も一般的な問題は、警察官の暴力行為だ。次に多い35%の回答者があげた問題は気象問題。季節風の時期や冬季における自然条件の厳しさについて多くの人が語っている。また、ギャングによる嫌がらせも、7%の人が問題としている。11%が、特に何の問題にも直面していないと答えた。
大多数のホームレスは、収穫の減少、農業の失敗、天災などのために、村を去らなければならなくなった経済難民である。市政府の彼らに対する無知と無理解のため、彼らは、あとにしてきた土地よりも、なおひどい生活を強いられている。彼らの唯一の心の慰めは、しばしばお互いの問題を相談しあうことだけなのだ。
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