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私が在学していた日本外国語専門学校(JCF L)では、2000年度「ミャンマーのじゃぐち」、2001年度「天秤棒の道」という学生有志によるミャンマー水不足地域支援の為のチャリティーコンサートを開催しました。そして、2002年2月、自分達の活動の成果を確かめる為、18日間のスタディーツアーを実施しましたので、その夢の旅をご報告致します。
村への訪問は5日間。村人からの大歓迎を受けながら、支援したガジェイ村に行きました。そこで私達が目にしたのは、壁に掘られた「2002・
2・18BAJ」そして他の村にはない、「JCFL」の文字。言葉にならない感動でした。両国の国旗や虹、太陽等を村人と一緒に描き、私達の名前まで書かれた井戸は、最高の出来となりました。この井戸の経過をスタッフ皆で見守り続けたいと思います。
2度目の訪問である私は、タナピン村・ガジェイ村を訪問し、井戸の利用者があまり多くない事に気付きました。井戸は確実に村人に喜ばれ、使われています。しかしその姿が…。「使われていないのだろうか…」と不安に思った直後、私は再び感動してしまいました。「村人の生活にとって『水』が第一ではなくなったのでは??」と気が付いたのです。
井戸ができる前の生活は、水汲みは一日掛かり。毎日が水汲み。しかし、30分以内で往復できるようになった村人にとって「水汲み」は調整可能な作業になったのです。子供でも簡単に出来る為、大人達は仕事に精を出しています。バガンの村の一人一人が、それぞれの人生を考えられるようになり、新しい時代を迎えたのです。私達が訪問した際には、私達と過ごす事を優先する事ができたのだと思います。これこそが、支援の成果ではないでしょうか?
これまで私達は、「水不足地域」「中央乾燥地域には、水がありません」と訴えてきました。しかし、それは少し違っていたようです。バガンに水はあったのです。
BAJの活動が現地で始まった1999年以降、バガンの状況は急激に変化しています。数ヶ月の掘削で、村人の生活が大きく変わりました。水が本当に無い村、それは何千m掘っても水源には達しないのではないかと思います。それに比べ、バガンはたった200m?300m(十分深いですが)掘れば水がある地域だったのです。ただ村にはお金と機械が無かったのです。「NGOが気付かなければ永久に変えられない、気付けばすぐに変わる。」これこそが、NGOの素晴らしさだと実感しました。そして私達の活動もそれだけの意味があったのか…と。
帰国した今、2年間私が携わった活動は、想像をはるかに超えた大変意味のあるものであり、私達学生はもちろん、村人にとってBAJのスタッフにとっても得るものの多い、成果の大きいものであったと確信しています。
国を越えて地球人の優しさからできたあの井戸は、遠く離れたミャンマー・バガンで、今後数十年の間、数千人、数万人の人々の生活を潤してくれることでしょう。大成功、万歳。
私は、ボランティア学科の恩師と二人で、この度卒業生を中心としたミャンマー・バガン地区の教育支援の為の団体を立ち上げる事となりました。この2年間に築かれたミャンマーとの深い絆を大切にし、かつ私達にできる範囲の支援を今後も継続したいと考えた為です。年に2回のスタディーツアーを企画し、ミャンマーとの縁を大切にしながら、少しずつ組織を拡大していきたいと考えています。そして、教育支援を通して後輩に私達の活動を伝え、ガジェイ・タナピンの様子も見守りたいと思っています。また今年も在学生によるチャリティーコンサートの開催が決まりましたので、共に頑張っていこうと思います。今後ともよろしくお願い致します。
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| ※コンサートの収益金はブリッジ・エーシア・ジャパン(BAJ)を通して現地に送られました。 |
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