くちなしの実

5月の連休が終わり、人々の気持ちが少し落ち着く頃クチナシの真っ白い花が咲き始めます。ビロ−ド質の濃い葉の緑との対比も一段と鮮やかな花と独特の甘い香りが、今年もまた夏がやって来たと実感させてくれます。

それから約半年、花のあとにできた実がまわりの紅葉に刺激されたのかと思われるほど緑から素晴らしい茜色(あかねいろ)に変わり私の目を楽しませてくれています。この色を眺めると、毎年のことですが新鮮な気持ちになって、クチナシがアカネ科に属している植物であることに感心してしまいます。

この果実は、口を閉じて裂けることがありません。くちなしの和名はこの『口無し』からきているとも言われていますが、果実を見ているとなるほど本当のことのように思えるほど不思議な形をしています。これも自然の造形の巧みさの一つにちがいありません。

古くから漢方薬では『山梔子(さんしし)』と呼ばれ、嘘証の治療に用いているようです。わかりやすく言うと、ストレスやノイロ−ゼなどからくる食欲不振や胃腸の不快感のたぐいに効くということです。

この果実は、クロシンという色素を持っており、飛鳥時代から黄色の染料として利用されてきたという記録があります。科学的な知識のない古代の人々が、失敗に失敗を重ねてやっとこの果実から黄色を得た感激はいかほどだったでしょうか。鮮やかな茜色の果実を眺めていると、何となくその感激が伝わってくるようです。

また、よく見ると、縄文土器の一つである『火焔土器』の形によく似ているように思えてきます。ひょっとしてこの土器は、黄色、炎色を得た証として作られたのではないだろうか、などと私の空想は広がっていきます。

他にも、古くからお正月のおせち料理に欠かせない『くりきんとん』の着色にも使われてきました。人工着色料がはばをきかせている現代ですが、直接口にする食品だけに、天然の着色料を見直す動きが盛んになり、くちなしの実が再認識されてきたことはとても素晴らしいことだと思います。

熟したこの果実をつぶし、水にひたしておくと黄色い色素が溶け出します。かなり一般的な植物ですので、都会でもよく探せば、かなりの果実が見つかるはずです。草木染めやクチナシご飯などに挑戦してみるのも楽しいことではないでしょうか。

奥の深い、この『古代黄』は多くの人々の心を捉えるに違いありません。

ただ、何故か八重咲きの花には果実ができません。自然界って本当に不思議なことが多いですね。・・・。(杉)