沈丁花の香り漂う季節

節分をすぎると、実際の季節はまだ冬なのですが、気持の上では何となく春の到来を感じてしまいます。気温も低く朝夕は寒さも厳しいのですが、太陽の光は日毎力強くなっていくのが実感できます。光の上ではもうすっかり春の雰囲気です。この季節を先人は『光の春』と表現しましたが、素晴らしい感性ではありませんか。この季節になると間もなく沈丁花の福郁たる香りが漂ってくるはずです。それに合わせて、地中で眠っていた虫たちも春の気配を感じ始め、お互いに『間もなく春ですよ。起きる準備をしましょう。』とばかり、活動し始めます。

沈丁花は、秋を運ぶ『金木犀』と同じように、その芳香を遠くに運び、季節を実感させてくれる花として、かなり古くから人々に愛されてきました。この植物の原産地は中国です。いつの頃に我が国に渡来したのかはっきり記述したものはないようですが、侍たちが活躍し始めた頃からなり人々に愛されていたようです。常緑の低木で高さはたかだか1メ−トル程度。根元から密に分枝して半球状の樹形になる特徴があります。光沢のある厚い葉を繁らせ、その緑は寒気の中でも衰えることがなく、私達の目を楽しませてくれます。秋、枝の先に20ほどの赤紫色の小さなつぼみができ、しだいにふくらんできます。東京周辺では普通は2月から3月にかけて、つぼみの先が4つに割れ、白色の小さな花が咲きます。(実際はこれは『がく』なのですが・・・。)

この白い花の持つ独特の強い芳香が、中国の高貴な香りとして知られている沈香や丁香に似ているところから沈丁に香りという意味で沈丁花と名付けられたようです。花ことばは『歓楽』だそうですが、確かにこの花の香りをかぐと何となく心がうずく気がします。これは単に春が来た喜びだけではないような、何か心から気持の高まりを感じ、何かよいことがおこるような予感さえ感じさせてくれます。

私の趣味の一つに『果実酒つくり』があります。何でも焼酎に付け込み、出来上がった果実酒を嘗めて『うまい』などと、一人悦に入っているので、最近では家族もあきれ果ててしまっていますが、この沈丁花の花をつけ込んだ酒が実に味わいがあるのを知っている人は少ないようです。確実に春を感じさせてくれる味ですから、大人の読者の方はぜひ一度挑戦してほしいものです。

沈丁花はきわめて生命力の強い樹であり、どんな土地でも、また多少日当たりが悪くとも成育できるので、庭木としてかなり重用されています。さらに、刈り込みにも強く形を整えやすいことから、生け垣にもよく利用されています。

ただ、これほど生命力の強い植物なのに、不思議なことに移植には弱くかなり神経を使っても枯れさせることが度々のようです。もしこの樹の移植を計画したら、できるだけ長い期間をかけて根回しを入念にすることがこつだということを頭に入れておいてほしいと思います。(杉)