『黒文字って聞いたことありますか?』

 クロモジ(黒文字)って知っていますか?
『黒文字』ってなんのことだかわかる人は、かなり年配の方か、あるいは日本の文化にかなり興味感心がある人ではないでしょうか。

 そんな方でなくとも、ちょっと気の利いた店で
抹茶などいただいたときに、上品な一切れの『羊羹(ようかん)』に、太めの『楊枝』が添えられて出された経験はあるのではないでしょうか。そしてその楊枝で羊羹をいただくと、ほのかな芳香が漂ってきます。

 この楊枝を『黒文字』というのですが、実はこのことばはクロモジという名前の樹木からできた言葉なのです。

 クロモジはクスノキ科の落葉する比較的大きな低木です。
 日本全国どこでも分布し、関東地方には特に多いようです。枝がやや黒みを帯びた黄緑色ですべすべししています。しなやかで且つ独特の枝振りなので林の中でも一際目立ちますので、一度覚えるとめったに忘れることがありません。
 この樹木の材には油が含まれ、しかも芳香があるので、楊枝として昔から利用されていまようです。江戸時代には特に人々に愛されていたようで、いろいろな書物やあるいは絵画にも、ほんの片隅にそれでも存在感がある脇役としてよくでてきます。

 種子からは油がしぼられ、灯油として利用していたとの記録もありますので、楊枝だけではなく、私たちの祖先にとってはなくてはならない樹木だったようです。

 ここ数年開発が進んで、雑木林が少なくなっていますが、それでも私のすぐ近くの山野にも自生し、かなりの数の実生を見つけることができます。わずか50cm程度の幼木でも独特の樹形を示し、枝の切り口からは一人前に芳香を放ちます。

 私はこの木が大好きで、数本実生から育てています。狭い庭では可哀相なほどの大きさに成長してくれて、訪れる方にはこの枝を少し切って、菓子に添えて『黒文字』として紹介するようにしています。

 4月はじめのころ(ちょうど桜のころと一致しますが)、小さな葉の芽に混じって、黄緑色の小さな花を咲かせます。この花が実に可憐でしかも気品があります。花と一緒に出てくる葉は、柔らかで透き通るような黄緑色、春から夏の期間『黒文字』としてだけではなく、私の目を楽しませてくれます。
 やがて秋になると、比較的早く落葉しますが、その後には来年の花芽と葉芽が準備されており、大きくふくらんだ芽が冬の冷気の中で力強く天を指していますので、鑑賞の価値は十分あります。(杉)