森の世紀が始まりました (第19回)
── 植物も動物も眠ります ( 5  ──

日本樹木種子研究所所長・東北大学名誉教授 江刺洋司

 さて、前回では動植物は炭水化合物の同じ代謝系(第18回、図10)を共有し、暗闇の地下の根系も夜になると地上部の樹冠も動物と全く同じやり方で命を育んでいることを学びました。生きるための二つの要件、エネルギーATPも還元力NADPHを得る道筋には基本的に何の違いもありませんでした。でも、最も大事な生き方を共用していても、植物と動物はなぜ違った生き物のように見えるのでしょうか。植物と違って動物は運動機能を持っているだけで、私達に全く違った印象を与えていますが、忘れてならない事に、両者共に生きるには同じように毎日眠ったり起きたりしています。何故なのでしょうか?ここにも動植物に共通な命の営みの仕組みが根底にありそうですね。それを学ぶ事から、動物も植物も根幹的な部分ではどうして同じ仕組みで生きているのか更に少し踏み込んで考えてみることが出来そうです。例えば、私達人間は睡眠を取らずに生きられませんね。どんなに若くて体力に自信がある若者でも、徹夜でゲームをやろうものなら、体力勝負となり、ポカの頻度はその力量よりも頭脳の消耗の順で増して来るでしょう。成長期にある赤ちゃんは目を覚ましている時間よりも、眠っている時間の方が遥かに多く、逆に年をとると持続的な睡眠時間は次第に短くなり、体力を維持するのにひとりでに居眠りの回数が増えて来ます。それでも、進化の最終段階に存在する人間は、日中に大威張りで生活していますが、弱い小さな動物達の多くは、夜行性動物となって、強い動物達が寝静まった夜になって餌を探すために動き出さざるを得ません。つまり彼らは、眠る時間を強い者とは逆にして生きていますが、やはり眠りは不可欠でした。動物達にはその年齢に応じて、あるいはその強さに応じた眠りがありますが、その必要性を、植物の眠りから考えて見ることにしましょう。この眠りが無いことにはトマトを樹木にまで育てるのも困難です。

太陽は核を保有する生き物全てに働き眠るリズムを刷り込んだ


 私達の多くが知っている植物に、まだ太陽が照り輝いている内に葉を閉じてしまうネムノキがあります(写真22-a,b)。  ネムノキは早い時間にお腹一杯になるほど光合成を終えてしまって、一足お先に失礼ということで葉を閉じてしまうのでその名前を頂戴したのでしょう。他方、それとは別格で多くの草本・木本植物は太陽光が降り注ぐ限り、少しでも光を利用しないのは損とばかりに葉を広げています。例えば、大好きなお友達に借りた本に四つ葉のクローバーを挟んで明日返そうと思い立って、夜になって懐中電灯を照らして庭先のクローバーの中からそれを探そうとしても、もう手遅れです。その頃には彼らは眠りにつき葉を畳んでしまっています(写真23-a,b)。
10時頃のネムノキ 夕方のネムノキ
写真22:(a)午前10時頃には全ての葉を開げて 光合成をしています。(b)しかし午後4時頃になって満腹しますとまだ明るいのに葉を閉じて眠りについてしまいました(写真はまだ明るい6時に撮影) (写真提供:日本樹木種子研究所)
昼のクローバー 夕方のクローバー
 
写真23:庭先の同じクローバー群はネムノキが眠りに入る4時頃になっても葉を開いて光合成を営んでいますが(左側のa)彼らが眠りに入って完全に葉を折り畳んでしまうのは暗闇となる8時近くになってからです(右側のb)。(写真撮影:江刺洋司)

 実は、植物にも第6回の亜熱帯の多肉植物(第6回、写真6)で述べたように日中に気孔を閉じて休む(夜行性動物に対応?)ものもいたように、全ての植物が様々な姿で眠ります。この植物の生理学的な動きに最初に着目したのは、ドイツのBunning(1950から1960年代に大活躍)という先生で、このような植物の葉の就眠運動を惹き起しているものは、直接的には太陽光でなく、進化の過程で太陽光によって刷り込まれた性質であることを確認したのです。植物を太陽光が射し込まない地下室に放置しておいても、太陽光が野外では昇る時間ともなれば、光が当たらなくとも葉を開き、逆に沈む頃になるとまた畳んでしまう行動を、地下室の暗闇の世界で何日間か続けていることに注目して、太陽と同じ周期で働くある種の時計のようなものを、全ての植物が備えていることを明らかにして、植物の体内にある種の時計のような装置(内生時計)が備わっている事を実験的に証明して、その後の動植物に共通の体内時計の存在解明に先鞭をつけたのです。
 彼の研究グループの成果が発表されると多くの研究者がこの問題に取り組むようになり、殆ど全ての有核動植物の生理現象にはほぼ24時間周期の体内時計が関わっていることが明らかになりました。勿論、元々野外でそれぞれがどのように生きていたかによって、体内時計の働き方も違って来ます。北国に自生した植物ならば、太陽光が照り輝くのは短い夏季に限られますので、早朝に対応する時間帯から地下室で哀れにも葉を広げて差し込むはずの太陽光を受け止めようと必死ですが、南の国のものは、それほど貪欲ではなく、むしろ少しでも生存競争で他者に負けて日陰にならぬように葉を閉じながらも、背伸びして太陽が頭上に来る頃には太陽光を獲得できるように8時間ほど後に葉を開きます。彼らには朝方に斜めに入射する光はそもそも使い物にならなかったのです。強い光を真上に来た時に捉えることの方が大事だったのです。これらの植物の振動(波動)は全く動かせないことはありませんが、私達が時差ボケを修正するほど簡単なことではないのです。とにかく、24時間の周期だけは変えようがありません。興味あることに、核を持たない細菌のような生き物にはこの時計はありません。


わからない部分も多い、体内時計のしくみ


 私達人間も、飛行機でひと飛びで地球の裏側に旅する時代になると、時差ボケと称して体が言うことをききません。大分前、そのような体に備わったリズムを知らなかった年とったスポーツコーチは、有望な可愛い弟子を直前まで手元に置いて練習させてからオリンピックに送り出しましたが、多くの日本人が必ずや金メダルをと期待したマラソン選手は途中で棄権してしまうという可哀想なことになってしまいました。つまり、体自体が眠りに就こうとしたい時間帯に長距離を走らせようとしても、人間の意志ではどうにもならないことで、単なる観光旅行での時差ボケでは済まされないことでした。海ボタルのような下等動物でも同様で、地下室の中で夜がやって来た時分に光を点滅させます。しかし、地下室での植物も動物の行動も、食事抜きですから周期は変わりませんが、その振動の振幅は小さくなり次第に消えてしまいます。全ての生き物が太陽の周期24時間に合わせた体内時計は、これまで述べて来た基本的な生きる仕組みと無関係ではあり得ません。どのように、この普遍的な体内時計が、命の支えに関わっているのでしょうか。となると生涯太陽光に無縁に生きる深海の暗闇の中で生きる動物達(第9回写真14,15)にも体内時計が備わっているのか私も知りたいものです。生命の営みの神秘を解明するにも誰か早くこの問題に取り組んで欲しいものです。

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