森の世紀が始まりました (第2回)
─ どうして森は海と同じなの?(1) ─

日本樹木種子研究所所長・東北大学名誉教授 江刺洋司
 
森を大切にするドイツ人
 
前回、EU諸国などでは日本とは違って海からの水蒸気ではなく森から吐き出される水蒸気に頼って生きなければならないために、森を大事にしていることを話しました。皆さんの中には、旅行中にドイツの上空を飛んでいる時に眼下を見て、日本でなら水田であるはずの平地は黒緑色した森に覆われていて、その中をあぜ道のように道路網が張り巡らされている風景を見た人も居るのではないでしょうか(写真参照)。この風景からドイツ人は森のお陰で生きられるのだ、大事にせねばという気持ちでいることが分かりますね。

写真はドイツの黒い森を飛行機から撮影したもの。
ドイツ人は平地にあって利用可能な森林を居住空間と明確に
区切り、森林は森林として利用しています。

日本人の知恵「打ち水」
  では、どうして森は水蒸気を吐き出しているのでしょうか。また、彼らは日本人が水田でお米を作るような平地で、なぜ森を育てているのでしょうか。今回からはそれらについて少し解説してみたいと思います。ところで、皆さんはピクニックで森に足を踏み入れた時に、ひんやりとした涼しさを感じた経験を持ったことはないでしょうか。皆さんからすれば、日光が射し込まないから涼しいのは当然と思う方も居られることでしょう。ところで、日本では昔から庶民の知恵で打ち水と言って、太陽が道路面を熱する前に、水まきをする風習があります。先日は小池環境省大臣やレスリングで活躍している浜口選手親子達が東京の新橋駅前で実際に打ち水をして、たちまち2℃近く気温が下がることを実演し省エネルギーの宣伝に一役買っている様子をテレビの全国放映で見た方も居るのではないかな。また、それだけでなく、夏場になると走り回る散水車に出会った人も居るかもしれません。特に最近は、都心のオフィス街ではエンジンから熱を放出して走る自動車や冷房装置からの熱の放散で気温が郊外と比べて一段と上昇して、ヒートアイランド(熱せられた島)と言われる現象が、どの大都市にも見られるようになったことから、ダムに大量の水を抱えた大都市では散水車を走らせて、都心部の気温を下げる努力を始めています。

樹木の蒸散作用は打ち水効果 
森林は同じ役割を果たしているのです。森は大地から水分を吸い上げて、葉に多数に開いた穴(気孔)から、水分を水蒸気にして吐き出しています。水のような液体は気体に変化する時に周囲から熱を奪う性質(気化熱)をもっていますが、打ち水はそのような原理を応用した行為なのです。森林も同じで、太陽が昇り始めると一斉に気孔を開いて、水蒸気を吐き出して周囲の気温を下げる働きをしているので、皆さんが森に入ったとたんに涼しさを感じるのです。ですから、大都会でも樹木が沢山植えられている公園は涼しく、そこで働く人々に昼休みには憩いを与えています。EUの国々では森を大事にすることで、飲み水を確保しているだけでなく、このような恩恵にもあずかっていますし、多くの都市では樹木が生い茂った公園を設けています。つまり、海から離れている所に住むEUの人々は意識的に樹木を植えることで、海の働きに替えていると言えるでしょう。

水は森を経由して循環する 
古代には、海から遠い地域にも沢山の森林が存在していて、大陸内部でも水の循環があって雨が降っていたようです。つまり、水蒸気が上昇気流に乗って大気中を上昇して行くと次第に気温が下がり、水蒸気は再び互いに結び合って水滴になり、それが集まって雲となり、その層が厚くなると重さに耐え切れずに雨水となって大地に戻って来ます。古代にはアジア大陸の内部でもそのような水の循環が存在したことは、例えば、中国国内の有名なタクラマカン砂漠の東端に森林がそのままの姿で化石となって遺っている楼蘭の遺跡などから分かります。私は大学の先生をしていた頃に何人かの中国からの留学生のお世話をしていましたが、私は彼らに人類最初の環境破壊者が中国人であるという認識をもって、地球の将来のために働いて欲しいと説きました。彼らの先祖はモンゴル人との衝突を恐れて、万里の長城を築くためにある部分からは土を焼いて煉瓦を作って、それを積み上げる作業を続けたのです。土を焼くために、大陸内部の森を燃やして城壁を作り続けたために大陸内部からの森や林は消え失せてしまったのです。やがて、土を焼く燃料も無くなってしまい、それから先の長城は日干し煉瓦を用いなければならなくなってしまいましたが、それらは非常にもろいために崩れ易く、長城も西に行くにつれて歴史の痕跡だけとなっています。漢民族が古代にモンゴルの人達と仲良く付き合うことが出来ていたならば、現在の東北アジアの気候ももっと温和なものになっていたに違いありませんし、黄河という大河が干上がって断水するなどという哀れな状況に出会うことは無かったでしょう。EUの人々のように森を大事にしなかったために、中国での砂漠化は北京のすぐ近くにまで広がってきています。森林がどれほど重要な働きをしているのか理解できましたか。
  次回は、どうして気孔から水蒸気を吐き出すのか、勉強してみましょう。


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