森の世紀が始まりました (第34回)
── 夢、 トマトの木の森(3) ──

日本樹木種子研究所所長・東北大学名誉教授  江刺洋司

 植物が生き続けるためには昼夜を問わずに、水から得た電子を基に有機物を生産することで生体ダイナモを回転し続ける宿命にありました。そのためには炭素(C)源以外にも多くの無機元素が必要でした。そしてそれらの多くは森林内部で循環するほか、小川、河川となって海に流れ込み、海の生き物達を育んでいました(前回)。ところで、大気中には相応のC,N,Sの酸化物が存在(火山、工場、自動車などから)するので、降雨は弱酸性を示すのが普通です。火山の爆発由来のものを減らすことは出来ませんが、最近は大工場では脱塩装置付きの排煙装置を設け、自動車の排気ガス基準も整備されたので、大気が汚染して強い酸性雨の被害を受けることはなくなりました。ただ、以前の被害で銅像が緑青で錆び付いていたり、都市のコンクリートの中性化が進行して脆さを感じさせるなど、過去の酸性雨による被害の痕跡は残っています。ところが最近は、隣国中国の経済発展に起因する汚染大気が海を渡って日本国内にまでやって来て、日本列島の関西以南では夏季には光化学スモッグが起きているので、大気浄化のための造林は世界規模で急がねばなりません。しかし、これらの汚染物質を完全に除去することは出来ないので、世界の何処であろうと降雨は多少は酸性を示します。従って、山野に降った雨水は少しずつ大地の岩石から、特にカルシウム(Ca),マグネシウム(Mg),鉄(Fe)などを浸食して、より多くの元素を川水に溶け込ませ河口へと運びます。ところが、植物にとって生育に必要な種々の元素の使い易さは河口から海洋に運び出された途端に、海という塩基性の環境に放り出されることになるので、各種元素の使い方もまた急激に変化してしまいます。そこで、ここでは陸地と海洋とに分けて、各種無機元素と植物との関わりを考えましょう。

無機の栄養元素の吸収のし易さは水素イオン濃度(pH)で大きく違う──陸地
 植物にとっての無機元素の吸収利用のし易さには間接的には気温や大地の温度にも影響されますが、共存する他の元素にも影響されます。最大の影響を与えるのは大地の水素イオン濃度(pH)です。そこで先ず、pHとはどんなものか理解して貰うことにしましよう。植物は元素を水溶液の中から吸収しますが、溶液の酸性度(pHが低い)が高いということは、その中にプロトン(H+:webの表記の制限上正しく表記できません)を出す物質が沢山含まれることで、皆さんが未熟な夏ミカンやリンゴを食べた時に、それぞれが含むクエン酸やリンゴ酸による酸っぱい味で経験しているはずです。逆に、塩基性度が大きいということは、プロトンを受け止める物質、例えば水酸基(-OH)などを多量に含む場合で、皆さんが夏に飲むサイダー類がそれで、炭酸ソーダ(Na2CO3)や重炭酸ソーダ(NaHCO3)を含んでおり、栓を外した時にCO2を多量に噴出しますが、暑さを凌ぐ爽やかな飲み物の味として経験していることでしょう。
  日本は火山国なので、特殊な地域を除いては火山灰が堆積して出来た陸地であることや、逆にアジアモンスーン地帯にあるため降雨に恵まれ湿地(その代表は水田)の広がりが多いという特色があります。前者では火山性無機酸、後者では有機物の不完全酸化が進み、醗酵過程で出現するような各種腐蝕酸を含むので土壌が弱酸性(pH5〜6)を示すのが一般的です。となると、図24から分るように、日本の自然では、三大肥料要素を含め、Ca,Mg , S,Mo などの無機元素を吸収利用し難い大地の上に森林が成立していることになります。ただ、丘陵地と湿地では大地の酸素の含有量が違って来るので、腐食の程度は同じではありませんがそれぞれ植物の方で、その土壌環境下でも必要な元素を使えるように適応した植生が広がることになりますが、大部分の植物はpH6〜7の大地上に育っています。酸性土壌でも育つ代表にはツツジやヤナギの仲間が多く、塩基性土壌でも育つものにはヒノキ、エニシダ、ツゲ、モクセイの仲間などですが、これらの植物では根の表面で荷電量を変えたり特定の元素と結合する有機物質を分泌して取り込む知恵を働かすように適応し、成育に必要な全ての元素を取得出来るのです。農耕では土壌が酸性なら、そのような大地で不足しているCaを補いながら中性化するために生石灰(CaO)や消石灰(Ca(OH)2)を散布して全ての無機元素を吸収できるようにするのが定法であり、一方、土が塩基性を示すなら木酢を薄めて散布すれば、ミネラルとして必要な重金属類をも容易に吸収出来ることになります。

無機の栄養元素の吸収のし易さはpHで大きく違う── 海洋
 森から流れ出した無機元素はイオンや錯体の形をとって、弱酸性の全ての元素の利用に好都合な淡水の河川を流れ下ります。その過程では、河川水が清く透明であれば多くの付着性や浮遊性の藻類を育て、種々の水生昆虫や淡水魚の食料源となって、河川の透明度に対応するビオトープを形成します。特に、清流なら川底の石に付着性の珪藻(植物の中には珪素(Si)を必要とするものあり、弱酸性でイオン化)を育て、日本の代表的淡水魚であるアユを育てることになります。しかし、透明度の低い止水域(湖沼)などでは浮遊性植物プランクトンとそれを餌とする動物性プランクトンだけが増殖し、フナやコイが主役となります。

図24

図24.主たる無機栄養元素の利用性は溶液のpHで大きく変化します。

N:補酵素、タンパク質、核酸の主要素材、Pi:核酸、補酵素、エネルギー源、生体膜などの素材、 K:原形質の主成分で各種酵素作用、細胞内での電子の流れ調節、 Ca:細胞壁の成分、各種加水分解酵素の補足因子、 S:各種酵素タンパク質、補酵素、還元物質の成分、 Mg:葉緑素主成分、リン酸転移酵素の補足因子、 Fe:酸素呼吸や光合成に係わる主因子、窒素還元に関与、 Mn:各種重要酵素の制御因子、光合成起源の酸素処分に関与、 Cu:種々の酸化酵素の構成因子、 Zn:種々の酵素の構成因子、 Mo:硝酸還元、窒素還元固定酵素の構成因子。 


  しかし、海に辿り着くと、海には多量の重炭酸ソーダ(NaHCO3)や炭酸カルシウム(CaCO3)が溶け込んでいるので、海洋は凡そpH8.3の塩基性を示します。当然のことですが、弱酸性の淡水の川を下って来た無機元素は河口から押し出されると次第にその利用度は大きく影響されることになります(図24)。重金属イオンは次第に水に不溶の水酸化金属に変化し、海生の植物には利用し難いものになってしまいます。従って、ミネラルである種々の重金属類が利用可能な河口近辺では、多くの植物プランクトンや藻類が繁殖することが出来て、それらが餌となって遊泳・底生性の動物性プランクトンや小動物群を育むことになり、河口近くの海洋はまさに海洋動物にとっての豊かな餌場となります。そしてそれらを食べようと、幼魚や小魚類が集まることになり河口近くは豊かな沿岸漁場となるのです。一方、海洋は海水に含まれるNa,MgやCaイオンが大気中からCO2を吸収することで大気中のCO2の大きな吸収源となり、CaCO3やMgCO3となって珊瑚礁の形成に寄与しています。しかし、地球温暖化は海水温度も上げて、海水へのCO2の溶解度を低下させるので、海洋のCO2吸収原としての役割は急速に低下してしまい現在の深刻な異常気象をもたらす原因をなしています。地球温暖化の阻止を海洋の二酸化炭素吸収にあまり期待できない状況となった以上は、大地における森林の役割は将来に向けて益々重要になって行き、造林を急がねばならぬのです。

 都心にトマトの森を作るにはその生育に必要な全ての無機元素を与え続けなければなりません。それには川の流れのように、必要な元素を常時供給し続け得ることが望ましく、水耕法を採用すべきでしょう。トマトが必要とする全ての無機元素を吸収し易くするためには培養液をpH6.0〜6.5に保つことです。水耕なら吸収されて減ってしまう種々の元素量を測定し、その減少分の補給も水耕なら容易です。

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