森の世紀が始まりました (第7回)
── どうして水は命の源なの (4) ──

日本樹木種子研究所所長・東北大学名誉教授 江刺洋司

前回は、山登りをしたり、森に足を踏み入れたり、海岸から奥地に歩いて異なる自然環境の中で光合成の仕組みにちょっとした工夫をして生きる植物の知恵を見て来ました。皆、私達が見馴れているような適当に雨が降り、日光に恵まれた自然に生きる植物とは違ったやり方をしていました。そこで今回は約束通りに前回とは違った歩みで、植物達の違った生き方をのぞいて見ましょう。

赤道直下から南北の極地まで探検してみよう!

熱帯編
赤道直下は年間を通じて太陽に最も近い地域ですから、朝夕は別として太陽光は大気中をあまり通らずに地上を照りつけます。従って、気温も下がらないので、年間を通じて成長し続ける照葉の常緑広葉樹の森、密林が主役となっています。照葉は紫外線を反射するのに好都合ですが、気温上昇を抑えながら年間を通じて二酸化炭素をせっせと幹の中に貯留して、密林は地球上で人類を救ってくれているのです。最も有名で私達の救いとなっているのはアマゾンの大密林で、地球の悲鳴を真っ先に聞きつけて頑張ってくれています。熱帯の密林の代表種はフタバガキ科のラワン材です。熱帯では気温の極端な変動がないので、幹に年輪を刻むことなく、二酸化炭素を吸収し続けてくれています。日本人は和風建築にこだわったり、コンクリート製建築の際の型枠に都合が良いからと、最も近い東南アジアのラワン材を切りまくり、山々を丸裸にしてしまい、世界各国から地球環境破壊者のレッテルを貼られました。私が地球サミットの起草に呼び出されたのもそれとは無関係ではなさそうですが、肩身の狭い思いをしたものです。ただ、丸裸にした日本の企業は、自らの過ちに気付いてくれて、各地で再生・復元の努力をし始めてくれているのが救いです。(写真7)

写真7:伐採されて丸裸になった東南アジアの熱帯雨林。インドネシア・スマトラ島。
※おことわり
この写真は破壊された熱帯雨林の状況を視覚的にわかりやすく説明するためにご提供いただいたものです。
本文中で述べられている日本企業により伐採されたものかどうかをあらわすものではございません。

(写真撮影:熱帯林行動ネットワーク(JATAN))

写真8:天然ゴムの樹液の採取の様子。
木の幹に溝を掘り、幹から染み出てきた樹液が
溝を伝って器に溜まる仕組みになっている。
(写真提供:ベナン日本人学校)

その他にも忘れてはならない大事な樹木が沢山あります。一つはゴムの樹液を分泌する主要な樹木(写真8)が熱帯地方に分布するということでしょう。代表的な樹種はパラゴムノキで熱帯の各地に植林されてゴム園が営まれていますが、一時石油から作られる人工ゴムに押されて衰退しかかりました。しかし、化石燃料の先が見えて来たこれからは貴重な樹種になることでしょう。ただ、ゴムはラテックスと言われる樹液を加工して作るものですから、それを分泌するのは熱帯植物に限りません。ただ、熱帯は降雨量に恵まれ、年間を通じて成育することで樹液の分泌が多いために産業として成り立っているのです。それ以外にも、バナナをはじめとする多くの美味しい果実、そしてコーヒー、ココアもコショウも熱帯の植物の恩恵ですね。

草本植物も降雨と太陽に恵まれるだけに、実に多様な種を生み出してくれて、私達の人生を豊かにしています。美しいランの仲間の大部分は密林の湿度に富んだやや薄暗い環境下に適応し、樹木上に育って大気中から水分を吸収しています。ただ、サトウキビのように直射日光を浴びて育つ植物になると、葉緑体内には水から生じる酸素の量も莫大になり、次の暗反応で種々の有機物を還元して作ろうとしてもその反応の妨げになり、強い太陽光が生産した多量のATPもNADPHを活用できないことになってしまいます。となれば余分な酸素の妨害から防ぐ手立てを工夫することが求められます。そこで、熱帯植物では暗反応で二酸化炭素を還元する際に、温帯の植物のように糖類から澱粉生産という道筋とは違って、先ず酸素呼吸(後に詳述)と関係する物資生産を介することで、余分に生じる酸素を処理した後に糖類を生産するという工夫をしています。

乾燥気候、温帯、寒帯編!

写真9:紅葉・黄葉と彩り鮮やかに私たちを
     楽しませてくれる日本の森林

さて、熱帯から南北に少し移動してみましょう。間もなく大陸なら亜熱帯ということで乾燥の大地が広がり始めますが、そこには前回で述べた葉の中に大量の水を溜め込み、日中は気孔を閉じて生きる多肉植物が多数を占める地域があり、そこを越えると、次第に気温の変動を伴う四季のある温帯が始まります。樹木は常緑樹であっても季節の移り変わりを年輪に刻みますし、見慣れた落葉広葉樹の森が広がり、紅葉・黄葉と新緑という素晴らしい四季の移り変わり(写真9)で私達を癒してくれます。年輪は幹を太らせるために形成層が刻んだ細胞が水分に満たされて気温が高い時分には大きく生長できたのが、気温が低下したり、乾季で水分を得られなくて大きく生長できずに、小さな細胞から成る層が現れるために生じます。更に北上・南下しますと、登山と同様に広葉樹であっても常緑樹が減り、落葉樹の世界に移って行きますが、常緑樹として残るのはマツやヒノキのような針葉樹(松柏類)が主体の森となります。ここで大事なことは、次第に植物の生育に都合が良い夏が短くなることから、草本植物も次第に背丈の小さいものに変化し、蔓性の木本植物種も減って行きます。これは、光合成とは無縁な違った理由によることなので、後に話しましょう。

地球温暖化抑止に重要な北国の針葉樹林

写真10:アメリカ合衆国アラスカ州の針葉樹林

ただ、未来に健全なままに地球環境を遺すには、この北国の針葉樹林(写真10)をも伐採してしまう行為の罪深さを知らねばなりません。これらの針葉樹は北国の樹木ですので毎年わずかずつしか太れませんので年輪も密になるので、建材として重宝です。しかし、気候風土に恵まれている南国の樹木なら、50年も掛けずに森に復元しますが、北国の森を一度伐採しようものなら、成長速度が格段と遅いことから、その復元には数百年もの年月を必要とし、地球温暖化抑止に働いて貰うことは絶望的です。既にカナダはその事に気付き、木材の伐採・輸出を規制していますが、ロシアも含めて北国の人々が事の深刻さに早く気付いて木材輸出を止めて欲しいものです。残念ながら、和風建築にこだわる日本は未だに最大の輸入国ですが、私達自身の生き方も明日の地球のために考え直さねばなりません。

更に、極地に近づくと針葉樹林も生活出来ない森林限界外のツンドラとなり、厚い永久凍土層を覆う地層(有機物の不完全腐蝕物を含む層)に苔(湿地の主役)や地衣類(乾燥地の主役)が出現する小さな草本植物の世界に変貌します。木本植物も稀に入りこみますが、矮性のヤナギやダケカンバが僅かに顔を見せるだけとなります。

写真提供
ベナン日本人学校バナー
ベナン日本人学校
http://www.mypjs.com/index.html
熱帯林行動ネットワークバナー
熱帯林行動ネットワーク(JATAN) http://www.jca.apc.org/jatan/index.html
※今回のエッセイの趣旨に同意してくださり、快く写真のご提供をしていただきました。
  それ以上の協力関係はございません。