「 都市に森林を作りましょう 」

中村 桂子
JT生命誌研究館 館長

  最近テレビ・ニュースを見なくなりました。見る場合は、NHKの夜九時。十五分間、アナウンサー一人で、要点を淡々と伝えてくれる数少ない番組です。申し訳ないのですが、ニュースに登場する人々の人相が良くない……刑事事件の犯人はしかたがないとしても、そうでない人々も、見ていて楽しくないので、テレビは止めました。ラジオと新聞で知る程度でよいでしょう。そういう気持ちです。
 
 日本人のすべてが人相が悪くなったのか。そんなことはありません。笑顔がすばらしい人、お話をしているだけで気持ちが明るくなる人。たくさんいます。大雑把に言って、生き物を大事に育てている人は、大らかで明るいというのが実感です。

 先日、農業高校を訪れたとき、廊下や校庭で出会う生徒さんが例外なしに、大きな声で“こんにちは”と言ってくれたのに驚きました。だって最近は、こちらから“こんにちは”と言っても返事が返ってこないことも少なくないのですから。先生方の指導がよろしいのでしょうね。そう申し上げたら“いやあ、ぼくらはいつも生徒たちに助けられてます”という返事で、厳しく指導した結果でないらしいことがわかり、ますます驚きです。確かに、農業高校はどこでも生徒さんたちが気持ちよく接してくれます。生きものと接しているからだろうという推測は、それほど間違っていないと思います。

  そこで、日本中の人の人相をよくして、政治や経済の報道をするテレビをニコニコしながら見られるようにするには、日本国中自然がいっぱいという状態にすればよいのではないかというところにつながります。自然の基本は緑。幸い日本は、緑が育ちやすい気候ですから、緑を育てようと決心さえすればよいという恵まれた状態にあります。実は、それが日本の農業や庭づくりを大変な作業にしたんですよ。植物を広く研究している塚谷裕一さん(東大教授なのですが、若くて気さくなので、さんの方が合っています。)がこう話してくれました。いわゆる雑草がどんどん生えてくるからです。もちろん世の中に雑草という名の草はないのですが、そうは言っても畑で作物を栽培したり、花壇で花を育てようとしているのに、それ以外の草がはびこるのは困りますよね。そこで、ていねいに草取りをすると……さてどうなるかは、私共、JT生命誌研究館のホームページでの塚谷さんと私の対談を読んで下さい(http://www.brh.co.jp/)とお願いをしておいて。

  話を戻して、都市の緑です。問題は都市、とくに大都市です。私の日常は、主として大阪、京都、東京で過していますので、まさに大都市で暮らしており、緑の少なさを実感しています。そこで、今必要なのは、都市に森林を作ることだと思います。とくに東京の場合、まとまった国有地がありますから、そこはできるだけ森にすることを考えて欲しいと思います。もう新しい土地に新しい高層ビルを建てる必要はないでしょう。土地の値段は、あってないようなもの。バブル経済の時のことを考えると、皆が落ち着いて判断をすれば、今だったら東京の真ん中に森林を作ることだってできるはずです。真剣にそう考えています。

  明治神宮の森は、日本中の樹木を集めて作られた人工の森です。日本中の樹を集めたということは、日本中の人の気持ちを集めたと言っても良いかもしれません。今では、生態学者によって、その土地、土地に適した森林の作り方が示されています。子どもたちが集めたドングリですばらしい森ができている例がいくつもあります。日本の気候のありがたさ、十年もすると、それなりの森林になり、二十年たてば立派なものです。

  このような提案をしたいと思っているのに、実際はその逆で、身近な林が壊されています。私が住む世田谷区は東京の西郊、武蔵野の面影が残っているところです。明治、大正、昭和と暮らしてきた住民が、屋敷林としてそれらを残してきてくれました。ところが、ここに来て、相続税が払えないために、それを手離す人がふえ、あっという間になぎ倒されることが続いています。以前は、なるべき樹を伐らずに建物を建てましたし、どうしても伐らなければならない時は、お祈りをしてから伐ったものです。先日も近くのお宅が売りに出され、みごとな楠が三本、コンクリートの壁を壊すのと同じやり方で倒されてしまいました。樹が生きものだということをまったく考えていないのでしょう。

 二十一世紀は、分散型社会。首都圏に人口の三十%以上が暮らしているとう異常な状態を止めることです。高層ビルを建てて、屋上に庭や田んぼを作るのを、都市の緑とは言いません。もちろん、それぞれが身近に緑を作ることは大事です。ベランダ、屋上、どこにも緑や花があるようにして、気持ちを和ませ、穏やかになることは必要です。でも都市に必要な緑は、もっとまとまった森林です。すでにあるものを壊さないのはもちろんのこと、どんどん森林を作っていくことが必要だと思います。