| ■八月 |
・夏深し(なつふかし)・涼し(すずし)・夏の露(なつのつゆ)・残暑(ざんしょ)・天の川(あまのがわ)・星月夜(ほしづきよ)・夏の果(なつのはて)・秋近し(あきちかし)・秋隣(あきどなり)・蝉(せみ)・空蝉(うつせみ)・蟻地獄(ありじごく)・蜻蛉(とんぼ)・鹿の子(かのこ)・虫送り(むしおくり)・盂蘭盆会(うらぼんえ)・踊(おどり)・迎火(むかえび)
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| ■ 夏深し(なつふかし) |
夏さぶ(なつさぶ)・夏●(なつたけなわ)
暦の上では、立秋の前の一八日間が土用で、夏の盛りです。ですから暑い盛りなのですが、古人はその「深し」に、「終り」の思いを添えてきました。「夏ふかき野辺を●にこめおきて霧間の露の色をまつかな」(藤原定家)といった風に、古歌の多くは、夏ふかしの思いに秋の気配を重ねて詠んでいます。
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涼し(すずし) |
涼気(りょうき)・涼味(りょうみ)・夏のほか(なつのほか)・夏のよそ(なつのよそ)・朝涼(あさすず)・夕涼(ゆうすず)・晩涼(ばんりょう)・夜涼(やりょう)・宵涼し(よいすずし)・涼夜(りょうや)・水涼し(みずすずし)・庭涼し(にわすずし)・影涼し(かげすずし)・鐘涼し(かねすずし)
真夏の暑さに耐えていますと、普段では気にもとめていない、日がかげってからの微風や、木陰に入って頬をなでる風、果ては鐘の音や建物の影にさえ涼味を感じるものです。「温(暖)かし」や「寒し」は、固体、液体、気体のすべてに触れた時の感覚ですが、「涼し」となると、主に気体、俳句的環境で言えば風への反応だと言えます。
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夏の露(なつのつゆ) |
露涼し(つゆすずし)
夏の間に茂った下草を刈ったり、あるいは夏の高原を散策している折など、手や裾が露で濡れることがあり、こんな時、思わず涼やかな気分になったりします。これがまた露涼しの季語です。露は日が昇れば乾き、風が吹けば散るところから、消えやすいものの譬え、とくに命の儚さの譬えとして詩歌では使ってきました。しかし、夏の露となると少々趣は変わって、露そのものがもつ涼やかな情感が出てきます。
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残暑(ざんしょ) |
残る暑さ(のこるあつさ)・秋暑し(あきあつし)・秋の暑さ(あきのあつさ)・秋暑(しゅうしょ)
暦の上では、土用が明けて立秋になってからの暑さが残暑ですが、現代では陽暦を使っていますから、その差の分だけ古人より暑さを厳しく感じるかもしれません。また、立秋という言葉に導かれて、夜空などに秋の気配を予感しますから、相も変わらない暑さに「秋になったのに」という怨みがましい気持ちが残るものです。とは言うものの、立秋過ぎの暑さは、統計的に見ても長く続くことは確かです。
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天の川(あまのかわ) |
銀河(ぎんが)・明河(めいが)・銀漢(ぎんかん)・雲漢(うんかん)・天漢(てんかん)・河漢(かかん)・星河(せいが)・銀湾(ぎんわん)
天の川は一年中小恒星ですが、春は地平に沿って低く、冬は高いが光が淡く、夏の終わりからよく見え始め、仲秋になると北から南へ橋を架けたように見えます「漢」ちは川のことですから、銀漢も雲漢、天漢なども最上級の川の表現です。この大河をめぐって七月七日に牽牛と織女の二星が年に一度会う七夕伝説が生まれ、鵲(かささぎ)が天の川を埋めて橋を成し織女を対岸に渡す伝説も生まれました。星とはそうした想念を掻き立てる光なのでしょう。
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星月夜(ほしづきよ) |
星月夜(ほしづくよ)・星明り(ほしあかり)
夏の圧っぽい星を見た後の、秋の星月夜はまた格別です。しかし、建礼門院右京太夫の「月をこそ眺め馴れし星の夜の深きあはれを今今宵知りぬる」に見られるように、星月夜には「あわれ」のイメージを付与して使われてきました。読み方に、「ほしづきよ」と「ほしづくよ」の両方がありますが、「ほしづくよ」の方は古い形です。
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夏の果(なつのはて) |
夏終る(なつおわる)・夏果(なつはて)・夏の別れ(なつのわかれ)・ゆく夏(ゆくなつ)・夏惜しむ(なつおしむ)・暮の夏(くれのなつ)・夏の限り(なつのかぎり)
傍題の季語も含め3どの季語にも、過ぎ去ってゆく夏への愛惜の念が込められています。夏の陽から、秋の陰へ転ずるところに生まれた情感なのでしょうか。使い勝手から言えば、俳句の場合、夏の果なら事実に近い言葉ですが、夏の別れや夏惜しむとなると、季語自身に情感が出ていますから、使いにくい季語です。
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秋近し(あきちかし) |
秋隣(あきどなり)・秋隣る(あきとなる)・秋の隣り(あきのとなり)・秋の境(あきのさかい)・秋迫る(あきせまる)・来ぬ秋(こぬあき)
夏の土用のさ中とは言え、朝晩涼しくなったり、虫や蜩の声が聞こえてきますと、空き地歌詞を実感します。前項の夏の果や夏惜しむには夏への拘泥が目立ちますが、秋近しや秋隣には、これから迎える秋への期待の意も込められます。「春近し」の「近し」の用法と同じニュアンスです。
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秋隣(あきどなり) |
秋隣る(あきとなる)・秋の隣(あきのとなり)
秋近しと同義に使われる季語ですが、秋隣とは微妙に違います。秋近しですと、暦上の秋の接近しか見えませんが、秋隣や秋隣るには、肌で感じる秋の予感、例えば光の濃淡や風の気配、空気の乾湿、草木の茂りなどの秋を感じる語感があります。秋近しや秋を待つの季語には、前を見る思いがありますが、秋隣や秋隣るには「隣」の語の指し示す横並びの語感があり、楚歌もそれが親しさにつながる嬉しさがあります。
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蝉(せみ) |
?蝉(おしぜみ)・にいにい蝉(にいにいぜみ)・みんみん蝉(みんみんぜみ)・深山蝉(みやまぜみ)・熊蝉(くまぜみ)・蝦夷蝉(えぞぜみ)・姫春蝉(ひめはるぜみ)・初蝉(はつぜみ)・蝉時雨(せみしぐれ)・朝蝉(あさぜみ)・夕蝉(ゆうぜみ)・蝉涼し(せみすずし)・蝉取り(せみとり)
松蝉の別名を持つ春蝉を除けば、七月の半ばから鳴き始めます。蝉の出盛り、蝉時雨の主役は、東日本では油蝉ですが、西日本ではけたたましく「シャワ、シャワ、シャワ」となく熊蝉です。法師蝉や美声の蜩は、これらより大分遅れるので秋の季語です。蝉の羽は薄くて軽いところから比喩に使われ、蝉羽衣といえば薄くて軽い夏の衣服のことですし、蝉革は抜け殻のように薄くてつややかな革を言います。よく歌語に使われる蝉諸声は蝉の大合唱のことですので蝉時雨と同じです。
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| ■ 空蝉(うつせみ) |
蝉の殻(せみのから)・蝉の蛻(せみのもぬけ)・蝉の脱け殻(せみのぬけがら)
蝉の脱皮の様子を丹念に見届けた子供時代の思い出は誰でも持っていることでしょう。羽に体液が行きわたり、乾いて羽ばたくまでの時間はまさに神秘です。その脱け殻が空蝉です。空蝉の語源は、蝉とはおよそ無縁の「うつしおみ」(現し臣)→「うつそみ」(現人)→「うつせみ」と転じたもので、目に見えない神に対する、この世の人の意味だと言えます。ですから「空蝉の」と言えば、世、人、身に掛かる枕詞で、無常を表わすことになっています。
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| ■ 蟻地獄(ありじごく) |
擂鉢虫(すりばちむし)・あとずさり・あとさり虫
どうしても這い上がれない進退極まった比喩に使う蟻地獄ですが、ここの主は薄翅蜉蝣の幼虫です。お寺の縁の下や松林の中などの、乾燥した場所に擂鉢上の穴をこしらえて、蟻の到来を待ちます。穴にはまった蟻は這い上がれず、そこにまちかまえていた幼虫の餌食になります。幼虫の時期は二年ですが、成虫の薄翅蜉蝣の方は、幼虫に似ず姿も頼りなく、蜉蝣の名の通り一夏で命を終えます。
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| ■ 蜻蛉(とんぼ) |
蜻?(やんま)・鬼やんま(おにやんま)・銀やんま(ぎんやんま)・塩辛蜻蛉(しおからとんぼ)・麦藁蜻蛉(むぎわらとんぼ)・猩々蜻蛉(しょうじょうとんぼ)・赤蜻蛉(あかとんぼ)・秋茜(あきあかね)・あきつ・とんぼう・蜻蛉釣り(とんぼつり)
日本だけでも百数十種類の蜻蛉がいると言いますから、一番のなじみの昆虫です。晩春から秋まで見られますが、あの乾いた羽音は秋を予感させます。古くは「とばう」とか「とうばう」と言っていたものが語源です。飛びながら一瞬向きを変えられることに古人は敬嘆したのでしょう。蜻蛉返りと言えば、宙返りから蹴鞠の足さばき、太刀や長刀の使い方までに使われますし、目的地に着いてすぐ帰ることの現在の譬えなどにも生きています。
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| ■ 鹿の子(かのこ) |
鹿の子斑(かのこまだら)・鹿子(かこ)・小鹿(こじか)・鹿の子(しかのこ)・親鹿(おやじか)
五月から八月にかけて鹿の出産は続きますが、特に五、六月に集中します。生まれて一年ほどは角が生えません。茶褐色の白い斑が目立つところから、鹿の子斑が詩歌にも詠われ、「鹿の子斑に雪の降るらん」の形で使われます。そのほか、鹿子結に糸を結ぶと鹿子絞ができ、その模様を帯に配せば鹿子帯になるように、人々は競って鹿の子の愛くるしさを利用しました。江戸の道化役者、嵐音八が、餅の上に小豆をのせ鹿子絞に似せた鹿子餅を売り出したところ、市中の好評を得た話も伝わっています。
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| ■ 虫送り(むしおくり) |
虫追い(むしおい)・田虫送り(たむしおくり)・稲虫送り(いなむしおくり)・虫供養(むしくよう)・虫祈祷(むしきとう)・実盛祭り(さねもりまつり)・実盛送り(さねもりおくり)
晩夏から初秋にかけて稲は生育の重要な時期を迎えますので、浮塵子(うんか)や蝗、髄虫など害虫駆除の願いを込めて行う行事です。村人は氏神に集まり、鉦や太鼓を鳴らし、松明を連ねて畦を巡りながら村境や海、川まで虫を送ります。斉藤別当実盛の怨霊が稲の害虫を発生させると思われるところから、霊鎮めの実盛祭りとも呼ばれます。実盛が稲株につまずいて討ち死にし稲の虫と化したとか、田の中で討れる折、稲の虫となって恨みを晴らすと言った説までいろいろ語り継がれています。
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| ■ 盂蘭盆会(うらぼんえ) |
盂蘭盆(うらぼん)・盆会(ぼんえ)・盆(ぼん)・盆供(ぼんく)・盆祭(ぼんまつり)・盂蘭盆経(うらぼんきょう)・迎盆(むかえぼん)・新盆(にいぼん)・初盆(はつぼん)
七月十三日から十五日(または十六日)までの魂祭ですが、農事の関係で地方では月遅れの八月に行うところが多く、毎年飛行機や列車が混む民族大移動の観を呈します陰暦の四月十六日から七月十五日まで、一室に籠って修行することを夏安居(げあんご)と言い、それを終えた僧の懺悔を自恣と言います。盂蘭盆会の日に、その自恣僧に百味(美味・珍味)の供養をすると、餓鬼道にある両親や祖祖父の飢渇の苦しみが救われるという「仏説盂蘭盆会経」の教えによって行われる行事です。現在では祖先の魂を祀るだけの意で行われています。
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| ■ 踊(おどり) |
盆踊(ぼんおどり)・ながし・ぞめき・盆やつし(ぼんやつし)・供養踊(くようおどり)・精霊踊(しょうりょうおどり)・さんさ踊(さんさおどり)・阿波踊(あわおどり)・踊子(おどりこ)・踊の輪(おどりのわ)・」踊唄(おどりうた)・踊太鼓(おどりだいこ)・踊浴衣(おどりゆかた)・踊傘(おどりがさ)
盂蘭盆会が近くなると、あちこちで踊や囃子の練習が始まり、踊の当日には一年振りに会う顔が会場に一斉に現われます。由緒ある行事が消えてゆく中で、この盆踊だけは不滅の感があります。空也や一遍によって始まった念仏踊に、いろんな要素が加わった盆踊、盆に招かれた精霊を慰め、これを送る踊と考えられてきました。同時に無縁仏の霊も、名残惜しい風情で追い払います。しかも、娯楽に乏しい地方にとっては、最高の娯楽ですから、阿波踊のように全国的に有名になりながら残った踊も随分あります。
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| ■ 迎火(むかえび) |
門火(かどび)・魂迎え(たまむかえ)・精霊迎え(しょうりょうむかえ)・苧殻火(おがらび)・苧殻焚く(おがらたく)・樺火(かばび)・魂待つ(たままつ)
風習も地方によって違いますが、盂蘭盆会の初日の夕方、祖先の精霊を迎えるために、門前で焚く火を迎火と言います。一般には苧殻を焚くので苧殻火とも呼んでいますが、、地方によっては松の根や松葉、檜の皮、白樺の皮、麦稈などが使われます。盆火をまたぐと厄除けになるとの伝えから、精霊と一緒にまたぎ、迎火から蝋燭に移した火を魂棚に供えます。盆会の最終日に行う送火は逆の順をたどり、精霊を送り出します。これも地方味よって異なります。
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