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◆徳島県 2山
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36・1 阿波富士(あわふじ) 城王山(じょうおうやま) 620m 阿波市市場町日開谷(ひがいだに)字岩野 < 鉄道:徳島線阿波川島駅 道路:県道246号 大俣小学校、 県道2号 日開谷橋、 国道192号 川島庁舎、 徳島自動車道土成IC> |
城王山は標高630m、阿讃山地より市場町に枝分かれした尾根にあり、大字日開谷に属する山です。日開谷川とその支流にの西仁賀木谷川に挟まれ、南からの眺めが富士山のように美しいので、阿波富士と呼ばれています。頂上には地元の人達がお城(じょう)さんと呼び親しんだ城王神社があり、天照大神、新田義宗(義貞の子)、脇屋義治を祀っています。頂上近くには石像や新田池と称する小池があり、その池の伝説から武道の守護神であるとともに精神病治癒の神としても崇拝されています。
毎年、4、7、10月に例祭が行われ、祭りが近づくと地元の人達が総出で神社や参道を清掃します。また9月の祭りは15日の夕方から大勢の信者が集まり通夜で大護摩法要を営み、交通安全や諸事厄難消除の祈願をします。
以前には「じょうれい踊り」(精霊踊りの訛り)という雨乞い踊りが、旱魃の有無に関わらず旧暦7月12日の夜にが社殿で奉納されていました。この行事はいったん廃れたのを地元の婦人会が戦後、復活させました。また旱魃の時には地元の若者が威勢よく新田池の水をくみ出すと、たちまち慈雨が降ってきて田畑を潤した、新田池はどんな日照りの時でも枯れた事がない、などの伝説があります。
以前は城王山への登り口は四方にありましたが、現在では西と南からの道しか利用されていません。西側から登ると途中、たどり着く岩野地域には貴人の墓や宝庫(たからぐら)があり、新田一族が住んでいた、と言われます。南側からは道が整備され頂上近くの鳥居のある広場まで車で容易に登れます。この広場からは南前方に四国山地や吉野川が東西に延び、吉野川に眼下から日開谷川が蛇行して繋がり、さらに下流域には扇状地が開け、よく整備され美しい模様をなす田畑が広がる、素晴らしい風景を見る事ができます。
参考資料:市場町史
(協力:阿波市役所産業建設部商工観光課 岩佐さん、高島さん)
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36・2 阿波富士(あわふじ) 高越山(こうつさん 1.122m 美馬市穴吹町穴吹・吉野川市山川町木綿麻山 < 鉄道:徳島線阿波山川駅・穴吹駅 道路:国道492号 口山中学校、 県道248号 高越大橋、 国道193号 山川トンネル> |
徳島県の北部中央にそびえる、標高1,133mの高越山は、連峰を従えて白雲去来、親しみと厳しさを持つことから、阿波富士とも呼ばれ、地元では、「おこおっつぁん」の名で親しまれており、その美しさは県立自然公園にも指定されている。
高越山の名称については、一般に高越山に産した楮(こうぞ 殻(かじ))から、「こおつ山」となったという説がありますが、他にも高く雲影を越え空中にそびえているからという説や、高越山を信仰の山としてとらえ、山の神兵頭(ひょうづ)神社の本元とし、兵頭山(ひょうづざん)転じて高越山になったという説などもあります。
高越山は、古来より神の山として信仰を集め、山頂部には天智天皇の時代(7世紀)に役行者・小角(えんのぎょうじゃ・あづぬ)により開基されたと伝えられる高越寺(真言宗大覚寺派)があります。かつては東の「吉野」、西の「高越」と並び称され、修験道の道場としてにぎわい、801年には、当時28歳だった弘法大師もこの山に登って修行したといわれており、高越寺までの道は格好のハイキング・登山コースになっております。
また、5月中旬から下旬にかけ、高越寺を南に下った所にある「船窪ツツジ公園」では、国の天然記念物にも指定されている樹齢約300年を超えるオンツツジが燃え上がるような朱赤で、見ごろを迎え多くの観光客を魅了します。