全 国  東 北
青 森   秋 田
岩 手   山 形   宮 城   福 島

◆山形県  2山

6・1 出羽富士(でわふじ)

    秋田富士(あきたふじ)

    鳥海富士(ちょうかいふじ) 鳥海山(ちょうかいさん、ちょうかいざん) 2.236m

                 山形県飽海郡遊佐町吹浦・酒田市升田、

                秋田県由利本荘市鳥海町百宅・にかほ市象潟町横岡

          <鉄道:羽越本線遊左駅・吹浦・象潟駅

          道路:国道345号 遊左町役場、 国道7号 吹浦・にかほ市役所>                                                            

鳥海山は、秋田・山形の県境にそびえる活火山で、山頂部には、山体崩壊によって生じた馬蹄形のカルデラがあります。
山体崩壊が起きたのは、約2600年前と推定されており、岩屑なだれが北~北西の山麓に流下しました。かつて象潟(きさかた)の景勝をつくっていた島々は、この岩屑なだれの堆積物、つまり流れ山群です。
有史以後の鳥海山の活動で、最も激しかったのは1801年に始まった噴火で、噴石や火山灰を大量に噴出し、山頂付近で爆発に遭遇した登山者8人が、噴石にあたって即死しました。この噴火によって、山頂部に新山(享和岳)を生じました。
この噴火から3年後の1804年7月、鳥海山の南西麓を震源として象潟地震(M7.0)が発生し、大きな被害をだしました。この地震は、顕著な地盤の変動をもたらし、かつて松尾芭蕉が『奥の細道』の旅で訪れた象潟の風景を瞬時に変えてしまいました。芭蕉が訪れたころは、象潟湖と呼ばれる入江に、多数の小島(前述した鳥海山からの流れ山)が点在していたのですが、地震とともに地盤が2m近くも隆起して陸地になったため、象潟の景勝はすべて失われてしまったのです。
鳥海山は、最近では1974年3月に水蒸気爆発を起こし、4月にかけて泥流を発生させましたが、人的な被害はありませんでした。

6・2 吾妻富士(あずまふじ)  西吾妻山(にしあづまやま)  2.035m

                 米沢市大字関、 福島県耶麻郡(やまぐん)北塩原村大字桧原

          <鉄道:奥羽本線関根駅

          道路:山形県道 2号白布大滝、 国道459号 裏磐梯合同庁舎・磐梯吾妻レークライン>                                                

西吾妻山は、県北部山形県境に位置し、福島県を代表する二千メートル峰の一つである。古くから信仰の対象として多くの修験者を迎えた山でもある。現在、西吾妻山への登山ルートは、福島県側では裏磐梯のデコ平からのものが一般的である。スキー場のゴンドラを利用すれば、標高千四百メートル付近まで歩かずとも登れてしまう。夏、山頂近くの草地ではシナノキンバイ、チングルマ、ヒナザクラ、イワイチョウなどの高山植物が群落をつくり可憐な姿を見せる。一方、冬から早春にかけては、多量の積雪となだらかな山容が相まって、オフゲレンデを目指す人々の格好の舞台となるなど、四季を通じて親しまれている山だが、二千メートルを越す山であることを忘れずに準備をしたい。
裏磐梯ビジターセンター長 伊藤延廣氏談 ※裏磐梯ビジターセンター