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全 国 | 東 北 |
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青 森 | 秋 田 |
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岩 手 | 山 形 | 宮 城 | 福 島 |
◆福島県 9山
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7・1 吾妻小富士(あずまこふじ) 摺鉢山(すりばちやま) 1.707m 福島市桜本 <鉄道:東北新幹線福島駅 道路:東北自動車道福島西IC、 磐梯吾妻スカイライン浄土平> |
福島市街地から西方に望む標高1707mの吾妻小富士は小型の富士山を思わせる秀麗な山です。磐梯吾妻スカイラインの中心浄土平の南側に位置し、早春、積雪が消える時期に、北東斜面に兎の形をした雪形(「雪うさぎ」または「種まき兎」と呼ばれます)が現れるため古くから農作業の目安とされるなど市民に親しまれてきた山です。
4月~11月中旬に開通する山岳観光有料道路・磐梯吾妻スカイラインの中間地点、標高1580m浄土平から15分程度の登りでその火口壁に立つことができ、すり鉢状の迫力ある景観をみることができます。火口を1時間程度で一周することもでき、火口壁に登りお鉢回りをすると福島盆地、阿武隈山地、蔵王・安達太良連峰のパノラマや吾妻連峰の原生林の樹海などを展望することができます。
直径450mほどある火口には現在、水は溜まっていませんが、明治時代の初めまで水があったという説もあります。約6000年前に噴火、形成されたとされる古い火山です。
(協力:福島市役所市観光案内 深谷様
財団法人自然公園財団浄土平支部)
2008年8月1日掲載
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7・2 富士山(ふじやま) 509m 耶麻郡西会津町新郷大字富士、 喜多方市高郷町磐見 <鉄道:磐越西線荻野駅・上野尻駅 道路:国道49号 上野尻> |
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7・3 会津富士(あいづふじ) 磐梯山(ばんだいさん) 1.819m 耶麻郡磐梯町大字磐梯・猪苗代町・北塩原村大字桧原 <鉄道:磐越西線磐梯町駅 道路:磐越自動車道磐梯河東IC、 磐梯山ゴールドライン> |
「会津磐梯山は宝の山よー」と俚謡にうたわれた磐梯山は、福島県会津盆地の東部に位置する活火山です。
有史以後も、たびたび大きな噴火を引き起こしていますが、とりわけ歴史に残る大噴火は、1888年7月15日に発生しました。この日の朝、激しい水蒸気爆発が15~20回ほど繰り返され、最後の大爆発によって、小磐梯山の山体が大崩壊を起こしました。
小磐梯山では、山体のほぼ北半分が崩壊したために、北方に向かってU字型に開いた崩壊カルデラ(東西約2.2km、南北約2km)を生じ、山頂の標高は165mほど低くなりました。
崩壊によって発生した大規模な岩屑なだれは、北斜面を流下し、5村11集落を埋めて、477人の死者をだす大災害となりました。
また岩屑なだれは、長瀬川の上流にあたるいくつもの支川を堰き止めたために、上流側の水位が上昇し、しだいに湖沼と化していきました。こうして、大噴火から1、2年のあいだに、現在の檜原湖・小野川湖・秋元湖・五色沼など大小の湖沼が誕生しました。これらの湖沼は、いま裏磐梯の景観を支える大切な観光資源として、多くの観光客を招き寄せています。
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7・4 小富士(こふじ) 龍子山 921m 双葉郡葛尾(かつらお)村大字上野川・田村市船引町横道 <鉄道:磐越東線船引駅 道路:国道399号 葛尾村役場、 国道288号 常葉行政局> |
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7・5 三春富士(みはるふじ) 田村富士(たむらふじ) 片曾根山(かたそねやま) 719m 田村市船引町船引 <鉄道:磐越東線船引駅 道路:国道288号 田村市役所> |
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7・6 絹谷富士(きぬやふじ) 石森山 218m いわき市平絹谷 (*地図上不明:高森の北、平絹谷と四倉町上柳生の間にある山) <鉄道:常磐線草野駅 道路:国道6号 草野中学校> |
絹谷(きぬや)富士は標高218.2mで別名・磐城富士とも呼ばれています。
JR平駅から石森山のフラワーセンターへ車で約15分。さらに3分くらい車を走らせると、三角状の山の頂が姿を現します。山頂近くには駐車場があり、ここから山頂まで歩いて5分くらいです。
山頂には、巨大な火山岩の固まりが空高くそびえています。駐車場にある表示板には「岩層を突き破ったような形で突出している岩は、今からおよそ2千万年前の新第3紀・中新世の日本列島の激しい火山活動の名残り」と書かれています。市は昭和52年、にこの付近を「石森海底火山塊」として市天然記念物に指定しています。
岩の上に立つと、遠方に湯ノ岳、水石山、二ッ笈山、八茎の山並みや太平洋を見渡せます。
昔、付近の学校の遠足には決まって絹谷富士へ登りました。今は林道が開設され容易に登れるようになりましたが、当時は林道もなく険しい山だったため、父兄たちは遠足が近くなると木を伐採し、子どもたちが山へ登れるよう道を作りました。
この付近の山林は、明治41年に官林の払い下げを受けました。以来、入合林野として用材、薪炭材の生産や、家畜の採草地として大きな役割を果たすなど、地元と深く関わってきました。
現在は、生活環境保全林となっています。昭和47年から国、県、市が一体となり2億4千万円を投じ、4年の歳月をかけて森林公園として整備したものです。面積約85.36ヘクタールの公園は、市民の楽しい憩いの場として利用されています。
絹谷富士へ平・草野方向から登ると、山からの水が自然にたまってできたと言われる青滝溜池があります。地元では、溜池を農耕の灌漑用水に利用してきました。
この溜池には、こんな伝説が残っています。昔、水量を調節するために利用していた自然の洞を、大蛇がふさいでしまいました。このままでは旱魃になってしまうと心配した人々が、潜水夫に依頼して大蛇を退治しました。大蛇のたたりを恐れた人々は、大蛇の供養にと一本の桜を植えたそうです。その桜は、春になると真っ赤な花が咲いたと言われています。
「青い青滝水の色 真っ赤に染まって火の柱 とうとう大蛇は死にました 死んだ大蛇の供養にと一本上氏若桜 心ありてか春来れば、花は血潮の色に咲く」という戯れ歌が今でも伝わっています。
溜池の水は、現在でも約22ヘクタールの田畑を潤していますが、水の調整は水門で行われています。
市天然記念物に指定された山頂の周辺は野鳥の楽園でもあります。 【地図】
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(出典:「いわき小紀行Ⅱ(いわき市市長公室 広報広聴課/現行政経営部 広報公聴課作成)」
「いわき百景(いわき市商工観光部 観光物産課作成)」より抜粋
写真:いわき市役所農林水産部 林務課 三森様)
2008年8月4日掲載
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7・7 磐城富士(いわきふじ) 石森山(いしもりやま) 225m いわき市平四ツ波 < 鉄道:常磐線いわき駅 道路:国道399号 平第四小学校> |
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7・8 小富士山(おふじさん) 447m 東白川郡棚倉町祝部内 <鉄道:水郡線磐城棚倉駅 道路:国道289号 赤館城跡> |
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7・9 滝富士(たきふじ) 306m いわき市遠野町滝 < 鉄道:常磐線植田駅 道路:常磐自動車道いわき勿来IC、 国道6号 鮫川大橋> |
いわき市内には富士の名のつく山が二つあります。その一つが滝富士です。
標高306.3m、それほど高い山ではありません。山田地区では同じような山が連なっているため、この山は確認するのが難しいほどです。しかし、遠野町滝地区からは山並みの端にあり、手前に遮るものがないため、富士山に似た山となって見えます。地元民は決まって言います。
「山の格好は、下滝地区の鮫川あたりから見るのが一番いいね」
かつて地区民は、子どものころから山を見て育ちました。小学校の遠足の目的地は、滝富士の頂上でした。正月には、日の出をむ拝むために山頂に登りました。庚申の日に男だけで祭神を祭る「庚申様」や、旧19日の夜に女だけが集まって安産を祈る「十九夜様」の時には、必ず頂上のお宮にお神酒をあげたものです。
遠野地区は、かつては馬の産地としても知られ、馬のセリ市も開かれていました。
馬の子を育てるには栄養となる乾草が必要ですが、滝富士の裾野に広がっている草刈り場の乾草を食べさせるとよい馬が生まれると言われました。これも霊山の縁起をかついだからでしょうか。
今は時々、雑木が燃料に利用されているだけの滝富士ですが、ここに「西行戻し」の伝説が残っていました。
当時、西行法師は和歌の題材を求め各地を歩いていましたが、ここを訪れた時、村人に出会い、和歌の上の句を言われました。しかし法師は、下の句が答えられませんでした。このため法師は自分の未熟さを反省し、滝富士の頂上の岩石にその文字を刻み、京の都に戻ってしまったので、この名が付けられたということです。
雨上がりのくっきりした姿、中腹までの薄もやのかかつた姿、と、山はその時々で印象を変え、人々はその光景を挨拶代わりにしていました。
山裾に鮫川を抱えたおおらかで優美な山容をしており、西側斜面にある広葉樹の原生林が四季折々の美しさをより一層引き立ててくれます。
植田駅下車上遠野行きバス下滝下車徒歩30分。【地図】
(出典:「いわき小紀行Ⅱ(いわき市市長公室 広報広聴課/現行政経営部 広報公聴課作成)」
「いわき百景(いわき市商工観光部 観光物産課作成)」より抜粋
写真:いわき市役所農林水産部 林務課 三森様)
2008年8月4日掲載