「富士山」逸話あれこれ

11 日本に富士山よりも高い山があった!?                                               

 

  今時の若い世代の人に「以前は富士山より高い山があった」と言ったら、間違いなく驚くであろう。もしくは真に受けてもらえないかもしれない。

 だが、少し世代の上の人なら、昔の記憶がよみがえるだろうか。ここではかつて富士山よりも高いとされた、ひとつの山の話をしよう。

 日清戦争(1894年~1895年)で勝利した日本に、中国は台湾を割譲する。いわゆる日本統治時代の始まりだ。台湾は日本領となり、公用語も日本語と定められた。

 新しく日本国となった台湾領地には、玉山(ぎょくさん)という山があった。この山が、

「かつて日本に存在した、富士山より高い山」である。この玉山は標高3952メートル。まさに富士山を超える高さだ。

明治天皇はこの玉山を、新しい日本最高峰という意味をこめて「新高山」と名づけ、小学校でも「日本一高い山は新高山」と教えられたのである。1934(昭和9)年には、新高阿里山国立公園として、日本の国立公園に指定された。

 そして1941年12月2日に発令された日米開戦(真珠湾攻撃は日本時間1941年12月8日未明)の日時を告げる暗号電文「ニイタカヤマノボレ1208」のニイタカヤマは、新高山のことだと言われている。日本一高い山のごとく、高い志を持って戦い、戦争に勝利すべしという気持ちが込められていたのだろう。

 日本統治時代が始まってから約50年後の1945年、第二次世界大戦に日本が敗戦したことで、台湾の領有権が中華民国に移った。そして「新高山」は現在の「玉山」に戻された。日本国内での最高峰の座は、富士山へと渡ったのである。

 ちなみに、初めて新高山の山頂に登ったのは、人類学者の鳥居龍蔵という人物だといわれている。

(株式会社彩図社「富士山」99の謎より)

 

 

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