「富士山」逸話あれこれ

22. 東京に坂が多いのは富士山の賜物だった                                              

 

 最近、大都会東京のよさを再発見しようと、地図を片手に町並みを探索したり、街や坂の名の由来を研究する人が増えてきた。
 たしかに、地理学的に見ても、東京の地形というのはひじょうに興味深い形状になっている。
 山の手の台地の部分があるかと思うと、低地帯が向かい合うように広がり、それらを分かつ斜面が複雑に入り組む起伏にとんだ地形になっている。こうした形状は世界の大都市には見られないものだ。
 町並みに高低差があり、それを結ぶ坂が多いのも東京の特徴のひとつ。これらの坂には、明治の維新戦争時の歴史にちなんで名づけられた坂、近くにある社寺などの建造物にちなんだ坂、樹生する木にちなんだ坂など、それぞれ情緒あふれる坂が勢ぞろいしていて、散策する者を異次元の世界へといざなってくれる。
 実は東京に坂が多いことと、あの富士山とは深い関係がある。いや、富士山があったからこそ、東京の坂は存在しているといってもいいのだ。
 というのも東京の山手台地は富士山の噴火によってもたらされた火山灰、別名「関東ローム層」によって降り積もった台地だからだ。
 噴火は約8万年前にはじまったものと推定されている。
 噴火のたびに東京の台地に降り積もった火山灰の高さは5~8メートルにものぼるといわれている。
 つまり山手台地が低地よりも高くなり、その結果坂道ができたのは火山灰の影響によるものなのだ。
 もしも富士山の噴火がなかったら、東京の地形はもっとのっぺりした平地になっていただろう。坂道を散策することなどかなわないことになる。
 そんな事実を知ってか知らずか、東京の人たちは坂から富士山が見えると、「富士見坂」という名前を各所の坂に命名している。その数は現在の山手線内だけで18か所もあるというからおもしろい

  (河出書房新社「日本地図の楽しい読み方」より

  

 逸話15「全国各地にある「富士見」では本当に富士山が見えるのか」を参照のこと。

 

 

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