「富士山」逸話あれこれ

3. 富士山は誰のもの?                                               

 

 これまでに、8合目以上は浅間大社の境内で、山頂に住所は存在しないと述べたが、富士山の所有権を巡っては、昔からいざこざが絶えなかった。ここでは富士山の所有権争いの歴史を見てみよう。

 江戸時代初期より、富士の山は駿河のものか、はたまた甲斐のものかという論争で火花が散っている。特に山頂の所有権を巡っては、どちらも一歩も譲らない構えを見せていた。そして、そこに富士山本宮浅間大社が名乗りを上げ、争いは三つ巴の様相を呈したのだ。この争いが決着したのは1609(慶長14)年。徳川家康が、富士の頂上を浅間大社のものであると認めたのだ。

 これで一件落着・・・・・と思いきや、所有権争いは新たに勃発してしまう。明治維新後、富士山頂の所有権が国に移ったのだ。それまで「自分たちのもの」とお墨付きをもらっていた浅間大社は、当時この決定に黙っていない。国を相手取って裁判を起こした。そして1974(昭和49)年49日、最高裁は、浅間神社の訴えを認める判決を出した。これで名実ともに、富士山8合目以上が浅間大社のものとなったのである。

 しかしそれ以降も、実質的には国が頂上の管理を続けている。その理由は、浅間大社に8合目以上の部分を譲渡しようにも土地の測量、境界線設定、登記簿の作成などの作業が遅々として行われていないからだ。よって、富士山頂部の登記書類は存在していない。

 頂上にある郵便局は、富士宮郵便局が管理運営をしている。売店はそれぞれが話し合い、税金を山梨県と静岡県に通して収めている。

 8合目より下の部分は、山梨側は山梨県で管轄し、静岡側は静岡県で管轄している。ちなみに、8合目から麓にかけてのおよその境界線はあるものの、はっきりしたものではないという。よって、事件が発生した場合には、山梨県警と静岡県警での話し合いがもたれるケースが多いそうだ。

 現在も誰かが独占しているというわけではない富士山、みんなで管理し、守っているという方が合っているかもしれない。

   (株式会社彩図社「富士山」99の謎より)

 

 逸話9「8合目から上は神社の境内!?」を参照のこと。

 

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