「富士山」逸話あれこれ

32. 本土と地続きの山なのに、どうして桜島っていうの?

 

 桜島(筑紫の富士とも呼ばれてます)といえば、鹿児島のシンボルだ。今も活発な火山活動を続けている勇壮な島にしてはロマンチックな名前だが、名前の由来は桜の木とは関係なく、桜島の五社大明神に祀られている「木花開耶姫」にあるのではないかといわれている。
 木花開耶姫は神話の世界に登場する女神。そこから「サクヤ島」と呼ばれていたものが、後に「サクラ島」になったらしい。ほかに、島の大主だった「桜島忠信」の姓からとったという説もある。
 桜島の起源は、二万二〇〇〇年前にさかのぼる。当初はカルデラ丘として活動をはじめ、まず御岳が形成され、約五〇〇〇年前から活動の中心が南岳に移った。近年、西桜島村武部落の貝塚から縄文・弥生両式の土器などが発掘されていることから、この島は有史以前から存在していたと考えられている。
 桜島の最も古い噴火の記録は七〇八(和銅三)年で、それ以来約三〇回の噴火を繰り返している。特に一四七一(文明三)年から一〇年の間には、五回もの噴火が記録されており、住民の被害も大きかったという。さらに、一七七九(安永八)年一〇月一日の大噴火では、井戸水が沸騰し、海水は紫色に変化。一四〇人余りもの死者を出した。
 ところで、桜島はどう見ても「山」であり、大隈半島とつながっている。それなのになぜ、「桜島」と呼ばれているのだろうか。
 それもやはり、繰り返される噴火と関係がある。明治時代までの桜島は、たしかに海上に浮かんでおり、誰が見ても「島」だった。しかし、一九一四(大正三)年一月一二日、八〇〇〇メートルもの黒煙をあげ、火山灰がカムチャッカ半島にまで達するという大噴火が起こった。流出した溶岩は約三〇億トンに及び、この溶岩によって、桜島は大隈半島と地続きになったのだ。
 海を埋め尽くすほどの溶岩の量は想像を絶するものがあるが、何より何度も火山を噴火させている地球の力には驚嘆するばかりである。

(廣済堂出版刊「日本地図の謎 おもしろ島々地図」より)

 

 

 

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