「富士山」逸話あれこれ

4. 富士山信仰集団「富士講」とは?                                               

 

 四国八十八ヶ所巡礼お遍路は、あまりにも有名である。

 だが、富士山にまつわり、四国のお遍路と同じくらい人々が信仰しているものに「富士講」がある。

 富士講とは、江戸時代初期に富士山麓の人穴で修行を積んだ行者・角行(かくぎょう 15411646)が広めたものである。

 角行は夢で「45分の角材の上に一千日爪先立ちすれば道が開ける」というお告げを受け、これを人穴で実行に移した。そして、本当に修行を開始してから千日目に神からの啓示を受けたという。

 その後呪術師として「フセギ」という神札や「御見抜(おみぬき)」という独特の文字を用いた掛け軸を書き残し、病気除けの祈祷を行ったという。

 そんな開祖・角行亡き後、村上光清と食行身禄(じきぎょうみろく)の2人により、富士講は広まっていった、勤行教典である「お伝え」を読み上げ、「拝み箪笥」という祭壇を用いてお焚き上げを行った。

 また信仰のシンボルとして富士塚(石や土を盛って富士山の神を祀った塚)が築かれた。現在、江古田(東京都練馬区)、など4ヶ所にある富士塚が、重要有形民俗文化財に指定されている。

 富士講では、富士山に登ることによって、健康や幸福、一族の繁栄などのご利益を得ることができるとされている。富士山の頂上に登った回数が多ければ多いほど、その修行の成果は形として現れるというのだ。今でも、富士山の山頂を目指して鈴と金剛杖を持ち、「六根清浄」と唱えながら、白木綿の着物をまとった人々が登る姿が見られる。

 角行の修行した人穴の周りには、今でも200基にも及ぶ碑塔群が建ち並んでいる。それらの碑塔群は、人穴に人を近づけさせない霊気を放っているように感じられる。その証拠に、富士講の御身抜(富士講の曼荼羅)には「人穴は極楽浄土にあり」と刻まれているのだ。

   (株式会社彩図社「富士山」99の謎より)

 

 

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