| 49. 三国一の山 |
このように朝鮮通信使の中で文学の素養のある者によって、富士山は数多く漢詩に詠まれたし、それは日本人で漢詩文の能力のある人々には大いに刺激を与えられたのであった。朝鮮通信使が富士山を詠んだ漢詩には、「五岳」という語が時々見られる。つまり、日本には中国の名山の代表、五岳に匹敵するような名山の富士山がある、漢詩文の世界にはこれはまだ詠まれていない、言語の上で未知の世界であった、ということである。林羅山が、日本人による富士山の漢詩を集めたのは、「いやいやあなた方朝鮮人は中国の漢詩文しか見ていないから、富士山を詠んだ漢文文学を知らないだけですよ、日本では鎌倉時代から、つまりあなた方朝鮮通信使が富士山を漢詩に詠みはじめる四百年も前から漢詩になってますよ」、と言い返したい気持ちがあったのであろう。
ともあれ、朝鮮通信使が盛んに嘆賞して漢詩に詠むことから、富士山は朝鮮、中国にもないような名山である、つまり「三国一」の名山ではないか、という考え方が日本人の知識人の中にも、強く意識されることになるのである。
たしかに、中国の五岳というのは、高さだけ見れば、富士山の標高三七七六メートルには、どれも遠く及ばない。中国の代表的な名山である五岳の筆頭、山東(さんとう)省の東岳泰山(たいざん)は最高峰の標高一五四五メートルと、高さでは富士山の半分にも及ばない。南岳衡山(こうざん 湖南(こなん)省)は一二九八メートル、中岳崇山(すうざん 河南(かなん)省)は一四四〇メートル、西岳崋山(かざん 陝西(せんせい)省)は二〇一六メートル、北岳恒山(こうざん 山西省)は二〇一六メートルと、高いもので標高二千メートル程度である。
十八世紀はじめに出された日本の百科事典、『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』(一七一二)の地理篇、「山」類の項目に挙げられた山々は、崑崙山(こんろんさん)、峨眉山(がびさん)、普陀山(ふださん)、蓬莱山、富士山、金峰山、白山、浅間山、阿蘇山(あそさん)、羽黒山(はぐろさん)、須弥山、地獄である。地獄は山とは言えないが、ここに分類されている。その一つの理由付けに、日本の立山、阿蘇、雲仙(うんぜん)のような火山では、頂上付近の噴気と熱湯の噴出する場所を地獄という、と言っている。
中国の五岳が一つも入っていないが、この『和漢三才図会』では嶽という項目を別に立ててあり、そこに泰山の名が見えるが、説明はない。また別に、中国の省別の地理が入っており、山東省の中に泰山は納められている。それほど、『和漢三才図会』の著者は、泰山には恐れ入っていないようである。
中国の山で峨眉山と普陀山は、中国の代表的な仏教の聖地であり、普陀山は、山というより海中の島である。しかし、峨眉山は五岳よりも断然高く、標高三〇九八メートルで、富士山に比べるにふさわしい。しかし峨眉山は四川(しせん)省の奥まったところにあって、海辺から四千メートル近くも屹立している、富士山の見た目の高さには及ばないであろう。『和漢三才図会』の著者である寺島良安(てらじまりょうあん)は、中国の山の中でも、崑崙山については富士山を超える巨大さがあるのではないか、と考えたようだ。高さも広さも絶倫である、と言う。しかし、その高さについて明の『大明一統志』に高さ五十里(二十八キロメートル)とあるが、信じられないと言っている。
『三才図会』の山の中に羽黒山のような大した高さはないが、宗教的には修験道の中心として極めて重要な山が入っていることを考えれば、富士山がここで選ばれているのは、高さだけでなく、宗教的な重要性も加味された選考であると言ってよいようだ。それにしても、中国の漢民族の居住地域、あるいは一般人が眼にすることができるような場所にある山には、富士山に匹敵するような標高を持つ山は存在せず、富士山が三国一の山だ、という観念は、江戸時代に広く流布することになった。『三才図会』では、富士山は「三国無双の名山」ということになる。『三才図会』には、中国とともに朝鮮の地理も入っているので、ここでは、日本、中国、朝鮮の三国と解してよいであろう。
そうして江戸時代後期に大流行を見た富士講においては「三国第一山」という表現が富士山の代名詞となる。富士講の開祖と言える食行身禄(じきぎょうみろく)の書いたもの、言い伝えたものには「三国」という言葉が頻出する。ここでは、富士山は朝鮮や中国に対立、あるいは対抗するものというナショナリスティック高揚は、ほぼ消え去って、一つの符丁のように使われている趣も強いが、いかに富士が三国一の山である、という表現が庶民の富士山信仰の中にも広まっていたかを示してあまりある。
その典型的な一つをここに紹介しておこう。
三国の光の元をたずぬれば
朝日に夕日 富士の極楽 南無阿弥陀仏
ここでは、富士山は、朝日に、夕日に照り輝く極楽であり、「三国一の光」の根源である。
(中央公論新社刊「富士山ー聖と美の山」中公新書より)
