27年間、毎月1回、富山刑務所内に流れるラジオ番組
90分の生放送、「730ナイトアワー」

730ナイトアワーパーソナリティ:方丈豊さん
(曹洞宗清源禅寺住職、川越恒豊さん)

取材:PTPL新聞副編集長 すとう あさえ

私は生まれて初めて、刑務所の前に立った。ベージュ色の5メートルはある高い塀が、長く続いている。控えめな「富山刑務所」(所長:大橋哲)の表札。裏には熊野川が流れ、雪が残る立山連峰が屏風のようにそびえている。田植えが終わったばかりの田んぼが、太陽の光をキラキラ遊ばせている。のどかな田園風景に囲まれたこの塀の中で、27年間、毎月最終月曜日(12月はカラオケ大会なので、年に11回の放送)、夜7時30分から9時まで、『730ナイトアワー』というラジオ番組が生放送されている。

富山刑務所を囲うベージュ色の塀

富山刑務所正面。
日本には現在74の刑務所があり、
受刑者の数は増加の一途をたどっています。

パーソナリティは、方丈豊さん。曹洞宗清源禅寺の住職、川越恒豊さん(65)だ。富山駅から路面電車で10分ほど。清源禅寺に川越住職を訪ねた。

曹洞宗清源禅寺住職 川越恒豊さん
■「こんばんは。方丈豊です」。
明るい声ではじまる730ナイトアワー。
スタジオは富山刑務所の会議室。

「1回目の放送は1979年12月20日。最初にかけた曲は、その年のレコード大賞曲で、一番リクエストが多かったジュディ・オングの『魅せられて』でした。初めの頃は、刑務所内の放送室から流していました。ほんとに、小さな放送室でしたよ」と、川越さんは笑う。「そのうち、会議室の半分に機材をいれて、スタジオのようにして放送するようになりました。音声担当は刑務官です。収録することもできますが、私は、生放送にこだわっているんです。なんといっても、臨場感がありますから」

番組では毎月変わるテーマに添って、受刑者に200字のメッセージとリクエスト曲を寄せてもらう。現在富山刑務所には約560名の受刑者がいる。毎月平均80〜90通のリクエストがある。最初の頃は、受刑者350名中、180通ものリクエストがあったという。時間内に流すことができるのは、メッセージも紹介するので、14,15曲ほど。選ぶのも川越さんだ。

一口に27年間と言うが、1回も休まずに生放送を続けるのは並大抵のことではない。 「やめようと思ったこともありますよ。今は施設にテレビがありますし、あえて730を聴かせなくてもいいのではと思ったりします。でも、毎月多くのリクエストがくるということは、貧しい心のともしびが消えかかっている人がいるからだと思うのです。人間は心の中に大切なともしびをもっています。母からもらった命のともしびです。自分で消す、消さないの瀬戸際にいるのが受刑者たち。これはともし続けなければなりません」

■子どもたちから学んだ「しゃべりの心」。
北日本放送の人気パーソナリティ、方丈豊になる。


川越さんが「しゃべり」の基本を学んだのは駒澤大学時代の児童教育部での実践だ。宗教情操教育の大切さを感じていた川越さんは、毎日曜日、世田谷学園の若草日曜学園に通い、子どもたちを前に紙芝居、語り童話、マリオネット、ペープサート、ギニョールなどを演じた。紙芝居や童話は、お話しを覚えて自分でアレンジして語った。

「今でいう、仏教教育の幼稚園みたいなものですね。この実践を通して、子どもをひきつけて、子どもの心に伝わるように話すにはどうしたらよいのかを学びました」

川越さんは、父である住職が亡くなったため、25歳で寺を継ぐことになった。檀家さんの前で話をするにしても、父と同じ心にすぐなれるものではない。しかし、子どもたちから学んだ語りが、聞く人の心をとらえ、次第に仏教連合会などで司会や講演を頼まれるようになった。川越さんは、そこで、あえて仏教臭さのない話をした。すると地元で面白い人材をさがしていた北日本放送(富山)から、ラジオ番組のパーソナリティの依頼がとびこんできた。週3日、朝9時から12時までの生放送。川越さん、40代半ばのことだ。
3秒沈黙があると反省文の世界。いつでもアドリブで話せるように、話の種をたくさん集めました。
「住職の仕事との兼ね合いが大変でしたが、穴をあけるとみなさんに迷惑がかかるので、1度も休みませんでした。坊さん臭さをだしたらだめですけど、少しは坊さんらしさも出さないといけない。パーソナリティは、その人の人間性ですから。一般的なことを仏教的にやさしく、面白おかしく話すことを心がけました」
川越さんの番組は大人気!当初半年の約束が、4年半も続いた。
そして、ある日、川越さんのラジオ番組を聴いた富山刑務所の教育課刑務官から、一つの依頼が舞い込んだ。


■受刑者を真ん中に、受刑者と刑務官とパーソナリティ。
三位一体のラジオ番組をつくりたい。「730ナイトアワー」誕生。


「ラジオ番組を刑務所にもちこんで、自主制作番組をやりたいのです。受刑者も番組の真ん中に参加させて、刑務官と受刑者とパーソナリティが三位一体になる番組をつくりたいのです」。川越さんは、1977年から富山刑務所の教誨師の仕事もしていたこともあり、刑務官の依頼を快諾。もちろん、ボランティアだ。

第一回目の放送風景。
北日本放送アナウンサー金丸典子さんと。
毎回『没コーナー』で、その日紹介できなかった
全員のペンネームを読み上げています。
プロの女性アナウンサーにも手伝ってもらって、第一回目の放送が所内に流れた。この様子はNHKのニュースにもとりあげられ、そのお陰で、大阪有線から楽曲の協力を得ることができた。現在は、北日本放送からCDの提供を得て、2人の女性ボランティアとともに番組をすすめている。

「受刑者は、特に『兄弟』『故郷』『母親』というテーマにそれぞれトラウマがあります。私は、悪いトラウマを、いいトラウマにかえられるように、彼らのメッセージに言葉を添えてあげるのです」

例えば(テーマ)『この一年をふりかえって』に寄せられたある受刑者からのメッセージ。


受刑者からのメッセージ

―女房が3才の子どもをつれて面会にきました。成長した娘を見せにつれてきてくれました。
  娘は「このおじちゃん、だあれ」と聞きました。この言葉をきいたとき、私は初めて罪の深さを感じました。妻は黙っていました。3才の我が子に与えられた惨めさ。何秒かの沈黙が流れました―


そんなに傷つき、後悔するのなら、なぜ悪いことに手を染めたの?といいたくなるけれど、川越さんは、言わない。「『娘さんの言葉は、あなたがまた一歩更正していく力になるのです』と言葉を添えてあげるのです。受刑者のメッセージには、人が人間になる本質が出てきます。200字に、自分の気持ちをしたためる時間は、彼らにしか味わうことができない古傷を思い返す時間でもあるのです」

川越さんの話の中で、印象に残っている言葉がある。『人は育てる側に育つ』。つまり、刑務所に入るために、人は生まれてきたわけではない。生立ち、思想、環境…様々なしがらみの中で、ねじれ現象をおこしてしまったのだという。

「私は、730ナイトアワーを通して、受刑者をねじれた『その時』にもどしてあげることができたらと思うのです」。川越さんの覚悟が伝わってくる言葉だった。

刑務官と受刑者とパーソナリティ。三位一体の730ナイトアワーは、受刑者の心に栄養を与え、再生する力を与え続けている。
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川越さんから音声をお借りしました。
実際の番組の一部です。
お聞きください。


■27年間、そしてこれからも続けていく原動力。それは、社会への恩返し。

「730ナイトアワー」放送中の川越さん。
本番の日は食事をとらず、
頭をクリアーにしてのぞむそうだ。

お寺の一室。丁寧に私の問いに答えてくれる川越さんの声は、とても張りがある。目が優しい。笑みが温かい。向かい合っているだけで、安心する。受刑者と向かい合うときも、マイクにむかうときも、きっと、このままのご住職なのだと思う。

「私は体が弱く、死にかけたほどです。父や母やまわりの人から助けられ、社会に助けられながら生きてくることができました。助けられたことで私がある。それは、いつか返さなければいけません。社会にかりたものは、なにかの役をやり、ボランティアとして返していく。その気持ちが、継続の原動力になっているのです」

ボランティアをしていると、つい「ありがとう」という言葉を期待してしまう。しかし、川越さんは言う。「『旦那』はサンスクリット語で『ダーナ』。お布施という意味です。つまり、旦那とは大きな家に住む偉い人のことではなく、物でも心でも施しができる人のことをいいます。恵んでもらった人がありがとうというのではなく、恵むことができる自分にありがとうといえる人のことを、『旦那』というのです。」

受刑者の心のともしびをともし続け、730ナイトアワーは、6月で305回目を迎える。

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27年間にも及ぶ川越恒豊さんの取り組みが評価され、2007年1月30日、2006年度シチズン・オブ・ザ・イヤーを受賞されました。シチズン・オブ・ザ・イヤー受賞のお知らせはこちらからご覧下さい。