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飯田誠示さん、喜美子さんご夫妻。
いきいきとインタビューにお応えになられる様子。
飯田さんのご自宅にて撮影。
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「ともし灯ボランティアーズ」
飯田誠示さん 飯田喜美子さん
飯田誠示さん(73才)、喜美子さん(74才)夫妻は、2001年からタイで飯田学校を開校。
「教育は貧困を克服する」の信念のもと、春と秋に1ヶ月間タイヘ行き、学生たちと寝食をともにしながら、日本語教育をおこなっている。授業料はすべて無料。大学生・高校生には奨学金も支給している。費用は、夫妻に共感する”ともし灯ボランティアーズ”の方たちの寄付や飯田さんの年金などをあてている。
飯田学校から巣立った卒業生は、大学に進学し、観光ガイドや保健衛生士、教師、日系企業の社員になる夢をもって勉学に励んでいる。
「人と人・人と自然のコミュニケーション」を活動理念としているPLANTATREEPLANTLOVEは、
飯田誠示さん、喜美子さんの活動に敬意を表し、第九回奨励賞を贈る。
シニアボランティア、飯田学校開校、そしてタイの山岳少数民族へ
飯田夫妻の歩み
| 89年
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誠示さん、都内の機械メーカー取締役販売部長を定年を前に退職。
東洋大学文学部通信制卒業。日本語教師資格取得。
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| 90年〜91年 |
誠示さん、JICAのシニアボランティア第1号として、マレーシアで日本語教育にあたる。 |
| 93年〜95年 |
JICAよりボリビアに派遣される。
喜美子さん、小学校教諭を退職後、同伴家族として同行。
生け花、日本舞踊、お茶、着付け、習字、音楽など幅広く日本文化を教える。
小型体育館を寄付。図書館を整備し、帰国後自費で本、VTRをダンボール箱180個分寄贈。
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| 97年 |
ブータンに校舎を寄付。
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| 98年〜2000年 |
喜美子さん、JICAのシニアボランティアとして、アルゼンチンで日本語教育にあたる。
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| 2000年〜2001年 |
夫妻は、「地球市民の会かながわ」の紹介でタイのサムーン高校にて、中、高校生に日本語を教える。
飯田学校開校。 |
 | | 熱心に日本語の授業に取り組む飯田学校の生徒たち |
タイには、日本企業が多いため日本語通訳をすることで高収入を得ることができる。
若者の日本語に対する関心は高い。
飯田流の教育はきびしい。遅刻はゆるさない。その熱意が通じたのか、帰国した飯田夫妻のもとに、生徒から「もっと日本語を勉強したい」という手紙が届いた。
たどたどしいが、丁寧に書かれた日本語の手紙を読み、飯田夫妻は、「よし!飯田学校を開こう」と決心したという。
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| 飯田さんご夫妻の主催する日本語教師育成講座の様子 |
現在、飯田学校には、飯田さんが日本で主宰している「日本語教師養成講座」の受講生が先生として参加、夫妻をサポートしている。
「家族の生活のためにとわりきって会社勤めをしていた人生は、私にとって『第二の人生』、人のために生きている今の人生が『第一の人生』」と飯田さん。
お二人にとって、まさに、タイのこどもたちと歩む今が、「第一の人生」なのである。
恩返しからふくらむ飯田さんの夢
飯田さんは、なぜ、私財をなげうってまで、タイの日本語教育に力を注ぐのだろう。
 | | 誠示さんと生徒たち |  | 生徒たちと一緒に作った食事を 配膳する喜美子さんと うれしそうに受け取る生徒たち |
「私は、山形に疎開していたときとても貧しかったんです。修学旅行にもいかれなかった。そんなとき、先生がいかれるようにしてくれました。人から助けてもらったありがたさが身にしみました。そして、私もいつか、恩返ししたいと思っていました。」
タイでの飯田学校。それは、飯田さんにとっては、自分がうけたご恩を返すこと。
では、なぜ、教育なのか。
「恩返しがふくらんで、こういうのもあるな、ああいうのもあるなと動いているうちに、タイでの飯田学校に行き着きました。自分の教えた学生が大学生になって、保健衛生士になり、自分の村で働きたいといいました。教育は、その人に生きる力を与え、貧困から脱却させ、さらにその村の教育水準や衛生レベルをあげていくことにつながっていきます。教育をレベルアップして、その人の生活をしっかりしたものにしていく…それが、私の夢です。夢がないと、こういう活動は続かないんです。」
恩返しからふくらんだタイでの日本語教育の夢。
飯田夫妻の夢は、教え子たちによって、着実に紡がれている。
参考:飯田学校のあるサムーン
 | カレン族の子どもたちの住む家
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タイ北部、チェンマイから北西部にあるサムーンに飯田学校はある。
生徒は、山岳民族カレン族の子どもたち。
学校には寮があるのだが、すさまじい状況。飯田さんが、寮のために家を借りてカレン族のこどもたちと掃除をしていたとき、猛毒をもつサソリが現れた。たたきつぶしたが、「もう一匹、ペアーでいるかもしれない」。飯田さんは、フマキラーを穴にふきつけた。すると、案の定もう一匹でてきて退治することができたという。「日本のような清潔な冷暖房が完備されたような生活ではないんですよ。水道も断水するし、電気はとまるし。
それが<現場>なんです」 |