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はじめに
ご紹介頂きました西水でございます。私は海外に長く滞在しているものですから、日本語については浦島太郎のようになっています。言葉に間違いがあると思いますので、前もって、ごめんなさいと申し上げておきます。
世界銀行は、ご存知のように、銀行の使命が貧困解消ですから、声なき貧しい人々のためになる政策をいろいろな発展途上国の指導者層にとってもらう。それを促すのが世銀の職員の仕事です。ですから、喧嘩が商売のようなものです。二十三年間おりましたけれども、私のように喧嘩好きな者には、本当にあっという間にたった二十三年間でした。
ただ、いろいろな国を担当しましたが、一国だけ、喧嘩したくてもできなかった国があります。それが今日お話ししますブータン王国です。
ブータンという国、特に指導者層からは、喧嘩どころか、こちらがいろいろなことを教えてもらい、ブータンと出会って本当によかったと思っているのです。今日は、ブータンで会った指導者層の人々のロールモデルである、ブータン国王から学んだリーダーシップの理想像について、少しかいつまんでお話ししたいと思います。
ブータンの国土と人々の暮らし
皆さんご存知だと思うのですが、念のためにブータンについて少々説明させて頂きます。ヒマラヤ密教を国教とする仏教国で、人口は六十七万人ですから、人口から見れば小さな国です。地図上の平面の面積は、九州とほとんど同じです。ただ、実際にブータンに行きますと、北は中国、チベット、南はインドにはさまれている国で、南のインド国境は熱帯ジャングルで、海抜二〇〇メートルくらい、北はヒマラヤ山脈で、七千メートル級の山々です。その南北の直線距離はいちばん長いところでたったの二〇〇キロ。ですから非常に険しい山国で、ヒマラヤの氷河の融け水やモンスーンの雨を受けた激流が、とうとうと流れる国です。そういう川々が年月をかけて彫り上げた山と谷が、非常に複雑に組み合っています。
初めて国王陛下から謁見を賜った時に、陛下が「ブータンは小さい国だけれども」と言われたので、私は「陛下、それは違いますよ。ブータンの立体地図にアイロンをかけてごらんなさいませ。そうすれば、たぶんインドくらいの面積になるのではないでしょうか」と申し上げたことがあります。
国民平均所得という物的な経済指標から見ますと、決して豊かな国ではありません。今のところ、国民一人当たりの年間平均所得は十万円を切っていますから、そういう測り方では貧しい国に入ります。
三〜四十年前は、車道などない、電気も水道もない、自給自足の物々交換が殆どの中世経済的な国でした。ブータンに行かれた方は、もうご存知と思いますが、今日では近代国家の形をなしているわけで、エコノミストとしてブータンを見た場合、驚異的な高度成長を短い期間で遂げた国と言えるのです。
その驚異的な近代化をリードした人が、現国王、ジグメ・シンゲ・ワンチュク王です。即位なさったのは、一九七二年だったと思います。先代が急に心臓の病気で亡くなられ、十六歳で即位なさいました。もちろん大学教育は受けられなかったのです。それどころか、小学校の頃、イギリスの寄宿舎制パブリックスクールに送られたのですが、数年でもう来なくてもよいと言われた「問題児」だったそうです。大喪の礼の折、初めて日本を公式訪問された時のテレビの映像で、凛としたお姿を思い出される方が多いでしょうが、実物は、なんて言ったらいいのでしょう・・・まるで、「暴れん坊将軍」の新さんにそっくりな方です。(笑)それが皆様にお伝えしたいブータン国王のイメージです。
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