道のすみっこに、つゆ草がひっそりさいています。つゆ草のまわりには、いつもすずしい風がふいているみたい。そのすがたを見ると、なんだか心が落ちつきます。
 このまえ、そんなつゆ草みたいな気持ちのいい場所に行ってきました。「ヴィオロン」という小さな喫茶店(きっさてん)。中に入ると、コーヒーのかおりより、‘むかし’のにおいがします。店の中も古道具やさんという感じです。古い人形やレコードが並んでいて、イスもどっちりしたいかにも古いスタイルで、ちょっとやぶけてたりして。
 店には店主さんがあつめた蓄音機(ちくおんき)がずらりとならんでいます。蓄音機というのは、あさがおの花のようなスピーカーがついているレコーダーです。見たことあるかしら。店には、世界で一番大きな蓄音機もあるんですよ。高さ1m、幅と奥行きが80cmぐらい。私が行った日は、その大きな蓄音機で古いレコードをきくという、1ヶ月に1度の演奏会でした。チェロやバイオリン、合唱などで、1930年代に録音されたバッハの曲をききました。1930年というと、今から70年前。みんなのおじいちゃん、おばあちゃんもまだ生まれていなかったかもしれませんね。
 店主さんは、なれた手つきで蓄音機の横についているねじを10回ほどまわし、平らなドーナツのようなレコードに、すっと針をおとしました。演奏会のはじまりです。どんな音がきこえてくるのかとドキドキしていたら…なんていったらいいのでしょう。
 演奏している場所の温度や明るさ、演奏家の表情までが伝わってくるようなぬくもりのある音が流れてきました。
 お客さんは23人。目をとじている人、考えごとをしている人、本を読んでいる人、きき方もいろいろです。私は目をとじてきいていました。すると、‘むかし’の空気にふんわりと包まれていって、自分の子どものころのことがよみがえってきました。ひたすらどろだんごを丸めていたときに、背中に感じたおひさまのあたたかさや、おばあちゃんの家にいた犬のパピーのにおい…蓄音機の音が私を、両親に守られて、なんの心配も不安もなかった子どものころにつれていってくれたのです。
 私の‘むかし’と、しみじみ向かい合ったやさしい時間。そうだ。ときどき、蓄音機のタイムマシーンにのりにいこうっと。
 料金は、コーヒーつきで1000円。安い!

○蓄音機(ちくおんき)
レコード盤から針をつかって音を出す装置。
1877年、エジソンが発明した。

○バッハ(1685〜1750)
ドイツの作曲家。音楽の父とよばれている。