森の世紀が始まりました (第16回)
── 植物も動物も眠ります ( 2 ) ──

日本樹木種子研究所所長・東北大学名誉教授  江刺洋司

 前回は、一年草のトマトが樹木に変身した話でしたが、それは特別なトマトの品種に限った話ではありません。問題はどんな条件を与えたのかです。これまで、生き物が生きるにはATPだけでなくNADPHに代表されるような還元力がなければならないことをずっと話して来ました。そして、植物の細胞は条件さえ適切であれば、動物性プランクトンが何千回か分裂して死んでしまうのに、死ぬ事がなく、一年草の植物も樹木に変身してしまうことが分かりました。世界のあちこちに何千年か生きた巨木がありますが、それは当然のことになりますね。問題はどんな条件が適切であれば、一年草を樹木にまで成長させ得るかということでしょう。草本植物が姿を大きく変えて樹木に育ったことは、茎(幹)の先端で何万回と細胞分裂を続けた証です。そこで、今回は庶民の中の日本文化の象徴である盆栽の技術から、逆に、草を木に変えた適切な条件が何かを推定して見ることにしましょう。


盆栽の裏わざが教えてくれるもの  
 植物を鉢植えにして楽しむのは、日本だけではありません。世界中で園芸植物を種々の形の容器に植えて建物を飾ったり、修景に利用したり、建物内のアクセサリーとして利用しています。日本の盆栽の楽しみ方には極めて小さな植木鉢に本来は大木になる樹種を植えて、何十年も掛けて好みの姿に育て上げる技術があります。これはまさに「木になるトマト」(第15回写真19参照)の発想とは全く逆で、巨木に育つような樹木を出来るだけ小さな植木鉢に植栽して草本植物であるかのように楽しむ庶民文化となって定着したのです。この場合の裏わざは、地上部の大きさは地下部の大きさに比例するという一点だけで、地下部の容積を極限まで狭めて根の生長空間を制限することです。その結果、地上部の成長速度が抑えられ針金などの小道具を用いることもありますが、根系の総量を予測しておいて好みの枝振りに剪定しては、庶民の感性を満足させる豆盆栽を創り出せたのです(写真20、写真21)。まさに、この事実は植物には、地上部の成長速度や総量が根系の生長速度や総量によって決まると言う相互関係が存在することを教えているのです。

写真20:松の豆盆栽
写真21:松の盆栽
※写真20と写真21の盆栽の大きさを比較するために、それぞれ鉢の前に名刺を置いてあります。

 世界の何処でも、容器に植栽する場合には土壌の通気性を重視するのは常識ですから、どんな形のプランターであれ根系に酸素が行き渡るように気遣っています。ただし、水生植物を育てようというのであればその限りではありません(後述)。手のひら乗るような小さな植木鉢に樹木を育てて楽しむにしても、根系が酸素欠乏にならないようにしています。つまり、酸素呼吸をさせながら樹木を生かしてはおくが、根を存分に生長させないようにするのです。このことは根の先端部での細胞分裂はさせるが、思いのままにはさせませんと云う技術です。言い換えると、根が酸素呼吸してATPを生産しても、その生産量を低く抑えてATPがNADPH生産にはあまり関わらないようにする技術なのです。これまでの話から、正常で順調な生命の営みに必要な条件とは、ATPとNADPHとの均衡ある供給であることを理解できましたね。昔の日本人は無意識にそれらを不均衡にするには、小さな容器で樹木を育てて根系の生長を物理的に妨げることだと気付いたのでしょう。盆栽とは、樹木を散水しながら好気的条件に保ち、根系の総量を物理的に制限する技術ですから、小さく育てるには養分供与もあまり必要なさそうです。


茎と根系の生長のバランス
 前回、写真19で一年草のトマトが樹木に変身した様子をお見せしましたが、全ての草本植物が変身できるのかという疑問が残ります。ところで、上述の盆栽の裏わざからは、植物における地上部の成長総量は地下部の根系の生長総量の反映に過ぎないことがわかりました。となると、地下部と地上部を結んでいる輸送路である茎(幹)が、極めて重要な役割を果たしていることになります。樹木の幹が年輪を重ねるように(熱帯樹木には年輪なし)リグニンを生合成して、茎が地上部の重量を支える強度を維持してはじめて、地下部から地上部の成長に見合った水分を送り続けることができ、逆に地上部は地下部の拡張の程度に必要な光合成産物である糖分の量を転流させ続けることが出来るのです。実は、これらの条件を維持し続けることが出来るか否かこそが、トマトを樹木に変身させ得るか否かの鍵だったのです。


毎年、多年草は根系を更新するが、樹木は根系を伸長させ続ける
 
皆さんは草本植物と木本植物を見ただけで区別できるでしょうが、毎年芽吹くかではなく、地下部と地上部とを結ぶ輸送路の茎(幹)が木質化しているか否かで両者を判別しているでしょう。しかし、草本植物にはトマトのような一年草に限らず、樹木同様に何年も生き続ける多年草もありますが、その根系は木本植物のそれとは違った生き方をしています。樹木の根系はその先端分裂組織で細胞分裂を繰り返して伸長・肥大し続けますが、間もなくリグニンを沈着させて木質化し先端では何時までも細胞分裂を繰り返して生きてますが、多年草となると草本植物であるために毎年根系を更新せねばなりません。翌年に地上部で成長する頂端分裂組織は、何らかの貯蔵器官に着いて年を越しても、その年に働いた根系は木質化されていないので枯れてしまいます。木本植物は草本植物とは違って、地下でも地上でも、一旦造った組織や器官を速やかに木質化させ得る遺伝的特性を進化させて来たのです。そしてその役割を担っているのは、根や幹の表層に存在してそれらを太らせるために内側と外側の両方に細胞を供給する細胞分裂能を持った形成層という組織(図7右側)です。他方、全ての草本植物も維管束系という地上部に送水する導管と、地下部に糖を転流させる篩管から成る通導組織を茎、葉柄、葉脈、根の中に持っていて、導管には木化の主成分であったリグニンが構成物質として関わっているので、草本植物がリグニン形成に関わる遺伝子群(DNA)を持たないわけではありません。
図7草本植物と木本植物の形成層の比較

草本植物も茎や根系を生長させ続けることができるのは
                       木化させ得るからである

 野沢さんから相談を受けた植物が、幸いにも形成層をリング状に有する(図7左側)ナス科のトマトという野菜だったことです。私が、「出来るでしょう。是非挑戦して見て下さい。お手伝いしましょう」と断言し、励ますことができた理由には樹木同様に内側・外側両方向に細胞を供給する形成層が各維管束組織を貫いてリング状に存在するだけでなく、その中のリグニンを主成分とする通水組織導管を発達させるなら茎を物理的にも頑丈な幹の様にさせ得るに違いないとの読みがありました。つまり、年輪の無い熱帯雨林の構成樹木のように、トマトにも茎や根系を休むことなく生長させ得る条件さえ与えることが出来るなら、年輪と無縁な熱帯樹木の様に変身させ得るのではと理論的には判断できたのです。では、どうしたら、それらを無限に伸び続けるようにできるのでしょうか。それが次回の宿題です。

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