森の世紀が始まりました (第17回)
── 植物も動物も眠ります ( 3 ──

日本樹木種子研究所所長・東北大学名誉教授 江刺洋司

 前回の宿題に入る前に、樹木についてもう少し話しましょう。木本植物は草本植物と違って、幹(茎)や根の表層に形成層という細胞分裂組織を持っていて内側・外側両方向に向けて細胞を分裂し続け、同時に細胞内にリグニンという物質を沈着させながら頑強な木質組織に仕上げる働きを持つことを話しました。
 また、温帯や寒帯では気温が変動することから、形成層の働きに変化が生じ、細胞の大きさとリグニンの沈着に違いが生じ、幹は年輪を刻みますが、内側の細胞は木質化を終えると死んでしまいます。草本植物を樹木に変身させるこつは、年輪を作らせないようにそれらの茎や根の形成層を働かせ続けることになりますね。

「森林の世紀」の第二の役割は森による地球温暖化阻止です  
 ここで樹木の重要性についてもう少し勉強してから、普遍的な生命の営みを語ることにします。これから徐々に難しくなって行きますので、辛抱強さが必要です。それを克服するには、この勉強自体が極めて大切なことだと理解してください。
 今年もまた、世界中で異常気象のため多くの人々が亡くなりました。大気中の水蒸気圧をこんなに上昇させるまで地球の温暖化を招いたのは私達人類です。この事態を幾らかでも緩和させる即効薬は森林の他にはないのです。秋になると再び枯れて二酸化炭素に戻る草本植物の緑では地球を救うことができません。樹木の形成層が内側に沢山の細胞を幹として作り出し、リグニンを沈着させて木質化することで大量の温室化ガス二酸化炭素を貯留し続けることが出来るのです。例えば、リグニンは、6個の炭素からなるグルコースが沢山繋がったセルロースという炭水化物の末端に、更に6個の炭素が亀甲状に環を作ったベンゼン核を有する各種のフェノール物質を結合した大分子で、全て大気中の二酸化炭素から作られました。ですから、1個のリグニン分子形成には大量の二酸化炭素を吸収することになります(図8)。


 一旦こうして材が造られると頑丈ですので、環境条件がその樹木の成長に適してさえいれば、何千年と生き続け得ます。樹木はリグニンの塊となりますから、一本の巨木ともなれば、水分よりも木質化した組織の部分の方が格段と多くなります。巨木の重量から水分の重さを差し引いた残りの過半は炭素元素ですので、1本の樹木はばく大な二酸化炭素を大気中から吸収したことになります。森はそれらの樹木の集まりですから、森林全体での二酸化炭素の材への固定量はばく大です。従って、木材として二酸化炭素を貯留することは二酸化炭素の削減に大きく貢献し、地球温暖化阻止の最大の手段です。まさに、森林を造成することが急務であっても、農作物やガソリン代替エネルギー(アルコール)生産を目的に森林を伐採することは許せません。
 しかし、樹木は人類にとって欠かせない資源であり、製紙、建材など現代の生活の必需品です。となれば、伐採者は直ちに森林復元のために行動するのが、後世に対する義務と言えるでしょう。


海洋の役割、森林の力
 自然界では海洋も二酸化炭素を吸収する一方で放出する均衡状態にあります。海水がアルカリ(塩基性)を示すのも、海に多量の炭酸ソーダが含まれているからです。海洋ではそれは二酸化炭素イオンとなって多くの藻類を育みますが、中でも珊瑚と共生してその成育に関わった二酸化炭素イオンの一部は、やがて酸化カルシウムや水酸化カルシウムの沈着に参加しながら珊瑚礁となります。海底に固定されるため再び地球上での炭素循環系に戻りません。こうして、やはり地球温暖化抑止に寄与しています。しかし、地球温暖化は海水温度の上昇を伴い、海洋への二酸化炭素の吸収を減らします(第8回を復習)ので、海が地球表面積の約7割に及ぶとしても、海洋の役割は森林に及びません。21世紀が「森林の世紀」と言われる理由には、大気中に水を放出する海のような役割以外に二酸化炭素を貯留して地球の温暖化を救う大きな働きがあるからです。


上昇し続ける大気中の二酸化炭素濃度
この役割を担うのが樹木が保有する形成層でした。残念ながら、陸上の緑には樹木以外に、冬には再び二酸化炭素に分解されてしまう草本植物もあります。人間の生活や産業活動の影響を殆ど受けない太平洋の真ん中にあるハワイの観測所で測定しても、大気中の二酸化炭素濃度は冬季に増え夏季に減るという波動を描き上昇を続けています(図9)。私が学生の頃には大気中の二酸化炭素の濃度は310ppm程度でしたが、まもなく400ppmに近づくのではないでしょうか。大気中の水蒸気圧の上昇が異常気象を日常化させ、日本は亜熱帯の国になろうとしています。


 しかし、樹木での二酸化炭素の貯留は一時的なもので、地球上での炭素循環を低下させ得ても遮断することができるわけではありません。まもなく化石燃料が枯渇するのは必至ですが、その時樹木は用材・素材としてだけでなく、再び燃料となる運命にあります。この様な一時的な貯留であっても、樹木に活躍してもらわなければ地球の危機的状況から逃れられそうもありません。


集中豪雨や巨大地震から日本を守る森林の働き
  さらに樹木には、地震国日本の防災のためにも働いて欲しいものです。木本植物は生きている限り根も枯れません。地下に根系のネットワークを張り巡らせるという特性が、地震や豪雨に際して予測される山崩れの防止に好都合です。自然の森林では、樹木の種子がいろいろな方法で地表にばら撒かれ、春になると芽を出し生長を始めます。その際に根は重力を感じて屈地性で大地に真っ直ぐに潜り込んで行きます。しかし、酸素呼吸に不適な深度まで来ると、潜ることは止め、側根を生やして酸素濃度に恵まれる深度で横に伸び始めます。この間に根系は木質化されますので、地下には丈夫な根系ネットワークが作られるのです。
 現在はポット苗による植林が行われていますが、それは防災力強化の視点からは好ましくありません。なぜなら、ポット苗では主根はその狭い空間のためにループ状にとぐろを巻いています。このような主根の不正常なポット苗を植林に用いることは、二酸化炭素の吸収・貯留に貢献はできても防災効果は皆無と言えましょう。集中豪雨に見舞われ、地震が頻発する日本での造林では、自然に近い形での森の復元こそが大事です。私達の日本樹木種子研究所(http://www.wood-seed.jp)はそのために存在しています。
 今回は樹木が大気中に水分を放出するだけではなく、逆に大気中から二酸化炭素を吸収固定して地球温暖化阻止に働く森林の果たす役割について話しました。次回は、温暖化の進む地球の明日を担っている樹木の形成層についてさらに詳しく話しましょう。

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