「富士山は「見力」(みりょく)の山」


筑波大学附属高校教諭
山の展望と地図のフォーラム代表
   田代 博

         

表題の「見力」はもちろん魅力とかけたものです。これは小著『富士山「発見」入門』(光文社・知恵の森文庫)の担当編集者が考えてくれたフレーズです。なるほど言い得て妙です。日本一の富士山は、もちろん登るに値する山ではありますが、「見る」(見られる)ということにおいて、もっと魅力的な山だからです。
富士山を見る、眺めるという観点から、どのように楽しんでいるかということを、体験を通してご紹介したいと思います。

▲ダイヤモンド富士
この10年ほど、熱中しているのが「ダイヤモンド富士」です。人により定義は異なりますが、私は「富士山頂(の一角)に太陽がかかった状態」をダイヤモンド富士と考えています。山頂から太陽が出る、または沈む瞬間にキラリとダイヤモンドのような輝きを見せることからこの名前がついたのですが、大気の状態によっては必ずしもキラリとは光らないことが多いので、このように幅広く考えています。
著名な場所には何百人、何千人も集まることがあり、一種の社会現象と言ってもよいでしょう。私自身いろいろな場でダイヤモンド富士の魅力を語り、ホームページにもダイヤモンド富士カレンダー(今日はどこでダイヤモンド富士を見ることができるか)を掲載しています。この「ブーム」を仕掛けた1人であるかもしれないので大きなことは言えないのですが、昨今の加熱ぶりにはいささか首を傾げたくなります。しかし、それだけ魅力がある「瞬間の芸術」であることは確かです。

▲消え富士
手前の山などによって富士山が隠されてしまうことを「消え富士」と呼びます。富士山との距離とは必ずしも関係なく、間に遮る山があるかどうかで決まります。富士山に近い甲府盆地でも、南部は御坂山地のために消え富士になってしまいます。
この「消え富士」は、富士山が見える限界の地での現象ですので、全国レベルで考えると無数にあります。従って、思いがけないところで、消え富士に出会えます。電車や自動車からだと、動きが早いので、その分迫力のある消え富士を楽しめます。
見えなくなることが何故そんなに面白いのか理解できない、という知人がいますが、日本一の富士山が消えてしまうのですから、何とも豪快な楽しみではないでしょうか。
なお、消え富士のイメージがわかないという方は、小著『富士山「発見」入門』か、ホームページをご覧下さい。

▲路上富士
今年からテーマにしたのが、おもに都内からの「路上富士」です。高層ビルやタワーに上がれば東京都内からも富士山は良く見えます。しかしかつては多くの地域で地上から富士山が見えたのです。都市と自然環境のあり方を考える上からも、地上(路上)から見える富士山を探すのは社会的意義のあることではないでしょうか。
インターネットで情報を求めたら思いの外多くの反応があり、貴重な情報が集まっています。2008年5月20日放送されたNHKラジオ第1「おしゃべりクイズ疑問の館」に出演した際にこれを話題にしたら、ゲストの皆さんの反応も大変大きなものがありました。興味のある方は「路上富士」で検索なさって下さい。

▲生きる目標としての富士山
私は高校で地理を担当しています。1年間の授業の最後は富士山をテーマに締めくくりをします。題して「生きる目標としての富士山」。
「富士山のあの高さは一朝一夕にできたものではありません。たゆまぬ努力を積み重ね(噴火の繰り返し!)があってこそ日本一の高さになったのです。しかも、広大な裾野があるからあの高さが維持できています。目先のことだけに追われた視野の狭い勉強はいけません。日本一高いにもかかわらず、多くの人に姿を見せ、夏には誰にでも山頂を踏ませる大衆性、偉そうにいばらない態度も魅力です。その一方で、単なる通俗ではありません。冬にはプロの登山家さえも容易に寄せ付けない厳しさがあります。この分野では誰にも負けない専門性を持っています。単独峰という、群れないで孤高を保つ自主独立の気概も学ぶべき点ではないでしょうか。」
いささかこじつけが過ぎるかもしれませんが、1年間、何かにつけ富士山を話題にしてきましたので生徒はよく聞いてくれます。道徳的なお説教はいやですが、こうした擬人化が可能なのも富士山ならではでしょう。
見る、という観点からだけでも多様なアプローチが可能な富士山を、これからもずっと見続けていきたいと思います。

山中湖ダイヤモンド富士 池袋サンシャインダイヤモンド富士 富士山の雪形(中央道初狩PA)農鳥
乗鞍岳からの消え富士的富士山 トンネル富士(富士川SAのモニュメントの穴からの富士山) 路上富士  九段坂上交差点

山尾先生の筑附通信(「山尾先生」はインターネット上のペンネーム)

2008年6月9日掲載


「富士山」逸話あれこれに(60)、田代 博先生の著書
    「今日はなんの日、富士山の日」(新日本出版社)から
    5話を掲載いたしました。とても興味深いお話です。

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