森の世紀が始まりました (第22回)
── 命を支えるダイナモ (1) ──

日本樹木種子研究所所長・東北大学名誉教授  江刺洋司

 植物も動物も同様に毎日寝ては起きる生活でしたが、植物についての具体的なその様子は葉の就眠運動に見られました(写真22a,b;23a,b,参照)。前回にはそれが、光の届かない地下の根系の営み,根圧変動(図13)の反映であることを学びました。命の源は水ですが、植物の一生はその水の地上部への供給系の日周的振動を基に始まっていたのです。つまり根系が大地の中で振動しながら、栄養分(含ミネラル)を含む水を供給することで高等植物の生涯が支えられていたのです。そこで今回からは、地中の暗黒の世界で根が地上部の生育を支えるためにどんなことをしているのか、もう少し詳しく調べることにしましょう。

高等緑色植物の一生は根系の発達が先行して始まります
 今世紀は「水の世紀」でもありましたが、それは地球という惑星の上で人類が他の動植物と共生するための前提でした(第1回)。これまでの話しで、皆さんはどうして命が水で支えられているのか理解しましたね。今回からは先ず、皆さんの誰もが高等植物の中で最も親しみのあるドングリを素材に、実際にどのように植物が水に関わって生きているのか観察することから、一年草のトマトという草本植物がドングリのような樹木に化けることが出来たのか考えるきっかけを得ることにしましょう。
 ドングリの仲間はブナ科に属する木本植物ですが、いろいろな種が存在することから日本の子供達でドングリを知らない人は居ないでしょう。北国や高山という比較的寒い地方に自生するのは、秋が来ると落葉するコナラ、ミズナラ、クヌギ等ですし、暖い地方を好み年間を通じて落葉せずにいるのはアラカシ、シラカシ、スダジイなどで常緑照葉樹として日本の関東以南の自然の森の主役で、東北中部以南の都市では街路樹として愛用されています。市民の多くが暖房を使い二酸化炭素を増やす冬季にも、緑の葉を付けている常緑樹は地球温暖化ガスの代表である二酸化炭素の吸収に冬季でも僅かですが貢献するのですから、秋になると道路清掃に莫大な出費を必要とする落葉樹よりも歓迎される街路樹と言えますね。ところで、寒い冬を越さねばならない落葉性樹木のドングリと呼ばれる種子は、休眠して春の到来を待たねばなりません。ただ、休眠とはこれまで話題にして来た就眠とは違います。むしろ動物に例えれば、ガマやクマの冬籠りの冬眠に似た行動と言えるでしょうが、ドングリの場合には春が来たら発芽して新しい生涯を始めるための準備期間と云う意味では同じではありません。

ドングリの生涯の始まり
  ただ、コナラやクヌギのドングリ種子は親から離れて地上に落下した途端から、体内から水分の蒸発が始まるので、乾燥せずに冬を越して春の到来を待たねばなりません。他の種子には、むしろ酸素呼吸を止めて親が与えてくれた養分の消費を妨げるために水分をほぼ完全に蒸発させ、水分の安易な浸入を抑える構造層(種皮)に包まれて、乾燥した状態で地上に転がり春の到来を待つものもあります。自然界で親が遺してくれた養分を巧みに使って、親の期待に応えて子孫を増やそうとする種々の種子の生涯については別に項目を設けて話すべきことかもしれません。何れにせよ、乾燥に弱いこれらのドングリはそのままでは春まで生きられないので、来春に親の期待に応えて成長するためには、リスなどが幸い存在を見付けてくれて何処か適当な乾燥しないで済むような土中の穴に埋めてくれない限り、生きるためにやがて根だけを伸ばして、屈地性を示しながら大地にもぐる行動を始めます。写真24の(A)のように発芽とは幼根が種皮を突き破る現象ですが、発芽した途端に幼根は屈地性を示し、次に(B)の映像のように主根となって真下に伸びて行き、春が来て休眠から覚めて芽が思う存分に生長できるように準備を始めます。これらの落葉性ドングリの休眠は幼芽に限られて見られる現象で、根は冬の間にも春を迎えるための準備として栄養分を含む水分を地上に供給する態勢の確立を目指して休むこと無く大地に生きています。

写真24: ドングリ・シラカシ種子の23℃下での発芽過程。(A) 5日目、(B) 13日, (C)18日目、リグニンの生合成が始まり、支根が髭のように出始める。 (日本樹木種子研究所提供)

寒冷地に生きるドングリと温暖地に生きるドングリ
  このような植物に共通した生きる原則、産声を上げる前での水分の摂取体制の確立は、写真24が示した暖地を好む常緑照葉樹を代表するシラカシやアラカシなどのドングリであれ、乾燥地帯のサバンナ等に生きる植物であれ全ての種子の発芽に共通したものです。充分な水分の供給が保証されたことを感じた時だけ、種子は発芽して新しい一生を始めます。この現象も先に述べた休眠と共に他の項目で話すことにしましょうか。写真24はシラカシの発芽の様子ですが、ナラ類のドングリとは違って寒冷地に自生する樹種ではないので、地上に落下して間もなく発根することはありません。暖かな地方を好むドングリですから、寒い期間が短く、乾燥して死んでしまう前に幾度かは雨も降り、芽も生長を始め得る春が訪れることを知っているのでしょう。気温が10℃程度に近づく頃には写真24(B)くらいまで幼根は発芽し、屈地性を示して大地に潜り込み、主根となって地中に深く伸び続けます。そして、主根がある程度の水分を摂取できるほどの深さまで伸びると、幼芽が動き出し、気温も更に上昇すれば、草本植物が発芽する前に芽をも伸ばせるようにして、それらの速い生長速度に負けずに太陽光をめぐる競争に勝てる態勢を整えるのです。急いで芽を出し急速に伸びる態勢の整備こそが、木本植物固有のリグニン形成(図7,8,10)とは殆ど無縁であるために、春が来ると極めて速い速度で生長し得る草本植物(セルロースが主成分、図7,8,10)に負けずに太陽光争奪競争をするための知恵なのです。自然界で木本植物が太陽光獲得をめぐって草本植物と対等に戦うために、彼らが発芽する遥か以前に大地の奥深くまで主根を伸ばし、やがては写真24の映像(C)から分るように、地表から酸素呼吸のための酸素が入り込む深さに沿って、側(支)根を分化させ枝分かれさせ始めます。

国土防災の担い手こそ木本植物の根系ネットワークシステム
 そうしてやがて木本植物は主根を大地に深く分け入り、地表から一定の深さの好気的地層では側根を張りめぐらして根系のネットワークを作り上げ、生命の活力源であり有機物生産に不可欠な養分やミネラルを含んだ水分を大量に、地上部に送り込む態勢を完備できることになります。ドングリ達を産む樹木が自然界の地上で生長速度の速い草本植物と太陽エネルギー争奪戦に対等に戦う戦略を整えているからこそ、それらはやがては里山や雑木林の主役に育って行けることになるのです。自然生態系では森はこうしてできあがっているので、山の斜面でも豪雨や地震にびくともしない高い防災能力を備えた根系ネットワークシステムで国土を守る役割を果しているのです。このような自然の仕組みは、道路や軌道を通す際に生じる国土の斜面(法面)にも活かされねば、異常気象にも耐え得る防災に強い安全な国土づくりとは云えませんね。
 こうして根系の発達の程度が地上部の運命を決めて素晴らしい森を作るという原則は自然界でこそ成立しているのですが、根系が前回に話した体内時計という周期的振動・リズム(図13)と連動しながらどのように働いて、地上部の生育を支えているのかが問題ですね。次回からはこれを宿題として取り組む中で、どうして私が草本植物のトマトさえも木本植物に変貌させ得ると決断して指導することにしたのか、その第二の理由を紹介したいと思います。どんなことか皆さん想像してみて下さい。



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