森の世紀が始まりました (第21回)
── 植物も動物も眠ります (7) ──

日本樹木種子研究所所長・東北大学名誉教授  江刺洋司

 前回は少し難しかったかな。二酸化炭素(CO2)の有機物への還元には何も光が必要ではありませんでしたね。植物では昼であれ夜であれ生きるためにミトコンドリアを働かせ、昼には酸素の害を除き、夜には酸素呼吸でATP生産に、更にはNADPHの供給に励み命を営みました。つまり、植物は常時CO2を還元固定していたのですが、単に光合成の場合の光化学反応に比べれば、夜に酸素呼吸で作れるATP量が極めて僅かであったので、夜間や地下でのCO2の還元固定はあまり意識されなかっただけでした。運動できる動物でさえ似たようなものです。皆さんがおいしい物を沢山食べて、動かなければ食べ物は完全に酸化されず、その中間過程の化合物が脂肪生産に向けられるので、食べた炭素総量から予測されるはずのCO2が排出されることはなく、太るだけです。運動も殆ど発熱も出来ない植物も常時、酸素呼吸をせざるを得ないからには、生産したATPを消費してADPの補給を続けるのには排出するCO2の一部を各種の有機物生産にもう一度振り向けざるを得ませんでした(第20回、図11)。運動できない植物はそうして哀れにも昼だけでなく夜も成長し続けて、動物群の餌となる食料生産に励み、森の生態系での食物連鎖の原点となっているのです。
  さて、本論の動植物に普遍的な体内時計(第19回)の役割に話を戻しましょう。先にも述べたように生体内に組み込まれた振動を理解する一助としての酸素呼吸の話しでした。光のない暗闇でも営まれているのは酸素呼吸ですから、それを通じて体内時計と絡んで営まれる自然の仕組みを理解しようというのです。それがあったからこそ、私はトマトを樹木にまで育て得ると結論して「つくば科学万博」で「木になるトマト計画」の実現に一役買えたのです。

葉の就眠運動は樹冠部の拡張に応じる水の供給体制があってのこと
  日本の伝統の盆栽技術の本質は、樹冠部の姿を芸術的に創作するためには、その成長速度に見合った根系部の伸長の程度を加減することで、そのために植木鉢の大きさを選択して、根系の生長を抑えることでした(第16回、写真20,21)。つまり、樹冠部が必要とする水分量だけを根系から供給できる体制を整えるのです。樹冠部が最も水分を必要とする時間帯は、葉で光合成をするために水の気化熱で葉を冷やすことが必要な正午前後です。実は、太陽エネルギーの内の9割以上は蒸散のために使われ、次に大きいのは熱伝導で樹木や葉の温度を上げるための熱となり、実際に有機物生産に使われるのは熱帯地方では僅か2%程度、極地に向かうほど蒸散のために使う部分は減りますが、その分体温保持のための必要量が増えますから、結局寒冷地でも実際に光合成に利用される割合は3%程度に過ぎません。しかし、熱帯では光の強度が大きく、太陽光が一年を通して照り輝くために有機物生産量は大きく、熱帯では50年である大きさに育つ樹木が、夏季が短く光も弱い亜寒帯では300年以上も掛かり、このことだけからも寒冷地の針葉樹林帯(タイガ)は貴重な人類の財産であり、地球温暖化を阻止するためにも安易に伐採してはならないことが理解できますね。
  ところで、樹冠の成長が速いということになると、根系はそれに見合うだけの水分を大地から吸い上げ地上に送り届けねばなりませんし、水分を最も欲しがるのは正午前後です。既に体内時計が認識される以前に、光の届かない地下を這い回っている根系が地上部の要求に応えて毎日リズムをもって水分を送っていることが分っていたのです。それを示す古典的な重要なデータを図13に紹介しておきました。第二次世界大戦を経験した女性の多くの方々はこのような植物の営みを利用して肌の手入れをしていたのですが、皆さんの中には戦争を経験したおばあさんから聞いていた人もいるかも知れません。私の母もそうでしたが、ヘチマを庭先に植えておき、ある大きさに育ってから、その先端を切断して切り口から溢れ出し、種々のミネラルを含む分泌液を瓶に集めて、化粧水としていたのです。恐らく、植物のこの溢泌作用は昔から庶民に知られていて、その知恵が戦時中にも活かされたのでしょう。



 図13はヒマワリでの実験例ですが、何時茎の先端を切断しようと、切り口からの溢泌量の変動は、地上部が水分を欲しがる正午前後に最大に達し、夜半に最低にと同様に日変動をしています。茎の切り口から水が溢れ出るのにも振動があるということは、暗闇に生きていても根系は体内時計(第19回)に従ってポンプのように働いて地上部に水分と同時に大地から吸収した栄養分を地上に送り続けていたのです。この事実は根系がポンプのように働いて、時によっては数気圧もの圧力で水を地上部に送水するのですが、この根圧と呼ばれる現象は根の酸素呼吸が生産したATPに依存していることが明らかにされています。水生植物のような特殊な植物を除いては、植物が生き成長するには大地に酸素が含まれることが不可欠な条件となっていることが理解できたと思います。盆栽でも、水をやり過ぎると酸素不足になり、根腐れが起こって死んでしまうし、根の酸素呼吸を抑える薬剤を与えると送水ポンプは止まってしまいます。

植物の就眠運動は根圧の日変化の反映で、巨木には水の凝集力も係わった
  第19回に全ての緑色植物が眠りに就く時間は違っても就眠運動をしていると紹介しましたが、それはこの根圧の日変化だったのです。昼間に根圧が高くなると、葉柄組織の細胞の膨圧が高まりますので、葉は展開しますが、根圧が低下するとそれぞれの地域に適応した様式で膨圧が下がってしまい葉は閉じてしまうのです(図13)。つまり、地下部で稼動している体内時計、酸素呼吸の周期的な活性変動の反映でした。しかし、この根圧だけでは、100 m以上にも背丈を伸ばす樹木の天辺での細胞分裂を支え、そこでの葉の機能を支えるために水を送ることは出来ません。例えば、同様に茎(幹)が伸長する植物に蔓性植物がありますが、もし、茎が細いアサガオであれば、根圧だけでは地上部での水分必要量を賄えないので、花は名前通りに朝にだけ開いて昼間には閉じて、間もなく葉も萎れてしまいます。ということは、大きな樹木に育てるには根圧での送水以外に、水本来の物理的性質である凝集力(水素結合での結び付)が働く導管や仮導管中を通じて地下部から高い地上部まで水の柱を造ることも必要なのです。草本植物のトマトなら樹木にまで育てることが出来ると判断した最大の理由は、トマトの茎が樹木と同様な形成層を有していて(第16回、図7)、アサガオとは違って送水管を太くすることができるということでした。植物が生きるにはこの二つの送水システムが欠かせませんが、巨木になるほど後者の役割が大きくなります。

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