森の世紀が始まりました (第25回)
── 命を支えるダイナモ (4) ──

日本樹木種子研究所所長・東北大学名誉教授  江刺洋司

 前回までに話したのは次のようなことです。動植物の命は、共に保有しているミトコンドリア内で働く生体エネルギー生産・再生の「生体ダイナモ」の作動で支えられていて、それは水から取り出した電子でNADを還元し、酸化的電子伝達系で電子を大気中の酸素に渡すという酸素呼吸でATPを生産して仕事をする装置でした(図15)。この装置を動かすためには炭素元(食料)と共に水が必要です。植物では、種子から生まれるや否や先ず幼根を突出させて土中に潜り込み、水分摂取体制を確保して地上部の生育を支え、地上部がある大きさに達してからは、その成育程度を決めるのが根系の発達の程度でした。それは地上部から移送されて来る糖分を用いた酸素呼吸でATPとNADPHの供給体制の確保に置き換えることが出来るので、大部分の植物を盆栽やプランターで育てるには、散水が必要ですが、散水し過ぎると酸欠になって根は酸素呼吸を出来ず根腐れで枯死してしまいます。しかし、植物の中には、酸素が存在するとは思えないヘドロのような土中に好んで生きる水生植物さえも存在します。

酸素の乏しい水中で生きる植物はどのように「生体ダイナモ」を稼動させるのか
 水に溶け込んでいる酸素の量は常温で8 ppm程度の少なさで、大気中の21%に比べると極めて低いのです。日中なら光合成の明反応で水を分解して酸素を放出出来ても、夜ともなればごく僅かの酸素しか含まない水中で生きるにはそれなりの適応戦略が必要になります。しかも、先の二酸化炭素と同様に酸素の水への溶解度も水温の上昇と共に低下するし(第8回)、有機物を含む汚い水なら微生物達が増殖に酸素を使うので含有酸素量はいっそう少なくなり、水圏に生きる藻類(第8回)が水中に入射する波長の違いに光合成法を適応させたのとは違って、緑色高等植物が水圏で生きるには、どのようにしてどれだけ水中から「生体ダイナモ」を回すに充分量の酸素を得られるかで生き方を変えねばなりません。このような水圏で生きる緑色高等植物は水生植物と云われますが、酸素の取得法の違いに応じた多様な生き方をしています。

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写真25:北上川の支流、追波川河口に広がるヨシ原と、刈り取ったヨシを運ぶ小船 (写真協力:財団法人水資源協会)
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写真 26: ある品種のハスの花と食卓で目にするその根茎(蓮根)断面。 (蓮の花の写真協力:A DAY IN THE LiFE)

へどろに生きる水生植物、抽水植物たち
 アジアモンスーン地帯に住む人達の主食は基本的には水田という水環境に適応した稲作から生産されたコメですね。アジアの各国では傾斜地でも棚田と云って稲作に利用し、アジアを代表する風景をなしてます。無論、稲作でも水田として水を引き込めないような、あるいは降雨が少ないなら陸稲(おかぼ)を耕作しますがコメを頼りに生きています。ところで多くの場所での沼地や川べりなどで広がっているのはイネ科の植物で、代表的なのはヨシ原(写真25)で、現代でもある所では茅葺き屋根として愛用されています。また、ガマは秋になると独特の房のような穂で湿地帯の風景を描きます。これらの植物は抽水植物と言われていますが、私達にレンコンというご馳走を提供してくれるハスもヘドロの住人です(写真26)。田んぼも沼も底質はヘドロで表面を除いて殆ど酸素を含みません。とすれば、それらの植物の根系はどのようにして生体ダイナモを作動させ得るのか不思議ですね。 陸上の植物の場合には、日中には地下から地上に水と共に養分を送るための導管・仮導管という送水システム (第16回、図7)が、他方光合成産物を地下に移送するためには篩管(図7)が必要です。ところで、水中の酸欠のヘドロ状の土中で根を伸ばす上記の水生植物達の茎では、茎の中央部が通気組織となっていて、根系の酸素呼吸に必要な酸素を地上から送り続けているのです。食卓に上がるレンコンの大きな穴は大気中から送られて来た大気を蓄える空間です。まさに通気組織によってヘドロの中でも適応して生きて行けるようになったのです。自然界では、ヨシやガマが水際の先兵ですが、その内に土砂の堆積が始まり、地表面からも酸素が補給される沖積台地へと推移し野原へと変化して行きます。
写真 27: 金魚鉢の中のホテイアオイ、やがて空色の花を咲かせます。

水圏の環境浄化の主役、浮遊植物たち
  勿論、水田や湖沼で、上記のような植物達だけが幅を利かしている訳ではありません。水面に漂うように生きるウキクサに代表される浮遊植物の仲間がいますが、この植物の多くは葉の裏側の細胞群を浮き袋のように膨らませて浮いていますが、根系は短かな根を沢山生やして水に溶解している酸素を吸収するよりは、各種の栄養塩類を効率良く吸収するので水圏の環境浄化(水質浄化)に活用する事ができます。その代表は美しい花も咲かせ亜熱帯の原産地からいつの間にか日本に定着してしまったホテイアオイ(写真27)でしょうか?これらの植物では光合成のための水分も、酸素呼吸のための水分も直接緑葉が吸収してしまうので、それらの根系の役割は専ら水中に僅かに含まれる各種養分やミネラルをATPを活用して濃縮吸収して成長するので、時によっては繁茂し過ぎて迷惑がられることにもなりかねません。

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写真 28: 柿田川の清流に身をゆだねるバイカモ。(写真撮影:CMP )

清流(沈水植物)やきれいな湖水(浮葉植物)に生きる
また、湖沼ではなく太陽光が河底にまで透過するような清流に生きるのであれば、生きるに必要な全ての元素を水中から摂取出来ることになるので、緑葉に気孔は無く沈水植物と言われます。バイカモ(写真28)とかクロモなどは清水が湧き出るような透明な河川に生きるのですが、このような清流では砂粒も粗くて多量の酸素が含まれており、自らが光合成で酸素を生産しますので、夜間でも根系が酸欠で悩まされることはありません。また、私達が食品として愛用しているものに、ジュンサイやヒシがありますが、これらは水中で枝分かれして広がる浮葉植物ですが、主根は底質土壌中に食い込んで定着していても、節々から多数の不定根を発生させて水中に張り巡らし、水に溶存している酸素と栄養分を集めれば生きて行けるのです。

 

木本植物の根系も水と酸素を求めて姿を変える
 何れにせよ、抽水性水生植物ではヨシ、ガマ、イネなどイネ科の植物のように、茎の中心部(維管束に囲まれた内部)は柔組織から成っており、時には空洞化して地上部から酸素含量の高い大気を地下に運び込むシステムを備えており、他方緑葉自体が水に浮いたり水中にある場合には蒸散は不要で、根系の働きは養分やミネラルをATPを使って濃縮吸収することに専念するだけなので、地上の植物のように樹冠部の生育を支えるために根系をも発達させなければという相関関係は小さくなってしまいます。ということは、緑色高等植物でもどんな場所、どんな風土に定着して子孫を増やすかで、根系の地下での展開の仕方も働き方も異なって来るに違いがありません。乾燥地帯や岩場に生存するためには根を水分を求めて土中深く、岩の隙間に伸ばして行く深根性の樹木となりますが、逆にさほど乾燥に出会うこともなく降雨に恵まれて生きるのであれば、水分を求める主根の役割は減り、むしろ酸素呼吸によって各種の養分を摂取出来るように支根を地下表層に張り巡らす浅根性の樹木が好む環境と言えるでしょう。草木もどんな場所で生涯を送るかで、根の細胞の中で「生体ダイナモ」の回し方は、その場の環境条件に適応して違えているのです。

 

トマトを樹木にする知恵
 ところで、「つくば科学万博」で草本植物のトマトを樹木にするとなると、樹冠の成育を支えるに充分な根系の発達を可能にすることが最大の要件でした(第23回)。となれば、物理的障害のない水中で育てることが無難です。屋久島の縄文杉が何千年も生き続けているのは、酸素を含んだ雨水に恵まれ、地表近くを這い回る根系を傷めて酸素呼吸を妨げないように地元の人々が柵や板敷き歩道を張り巡らすなどの努力をしたからに他なりません。皆さんに大木に育ったトマト、そしてたわわに実った赤い果実を展示するには、大きなプールのような容器の中で、成育に必要な全ての元素を含む水溶液中に、不足すると推察される酸素を一時も休まずに供給するために空気を送ってバブリングして根系の酸素呼吸を充足してやり、水中で根系の全ての細胞中で生体ダイナモをその時折に必要とするATP量を供給できるような速さで回転させ続けることだったのです。空気のバブリングは水中に炭酸イオンをも供給する事になりました(第23回,図14参照)。となればトマトを樹木にまで育てる手法は浮遊植物として取り扱えば良いという結論に達します。そうすれば、根系中でもATPとNADPH量を一定のリズムで必要量に応じて変動・供給することが可能な上に、酸素呼吸に際して自ら放出する二酸化炭素を体外に出る前に、また水中に空気のバブリングで送り込まれ続ける炭酸イオンをも有機物再生産(生長)に利用することで根系の発達を約束することが可能になる筈です。とすれば、トマトを樹木化するための基礎的条件は整える事が出来そうですね。次回以降でもう少し具体的にその仕組みを説明します。

 


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